
生きる力を引き出す「超・倫理学講義」(言視舎)
倫理学講義といいながら、議論のほとんどは、経済(資本主義)と政治(デモクラシー)に集中することになった、という感想を抱かれるかもしれない。実際、倫理学の伝統的なテーマを、ほとんどすっとばしてしまった、といわれても仕方がないだろう。ただし「倫理学」とは、伝統的に、政治・経済を包括する人間・社会の総合学(humanity)であった。孔子の『論語』、プラトンの『国家』、アリストテレスの『倫理』、スピノザの『エチカ』、ヘーゲルの『法哲学』、みなそうだ。
しかし、意図してのことでもあった。
政治と経済を、倫理という学の枠組みでつかまえたら、どのような形と内容になるのか、ということが私の当初からの狙いである。しかも、この「学」は、専門の学special sciencesではなく、教養の学general sciencesである。だから、日本人なら、特別の前提や訓練なしに理解することが出来る叙述になっている。端的にいえば、最大限でも、高校までの知識で十分なのだ。しかし、だからといって、内容を低く抑えるなどということはしていない。しかも、クラシカルでホットな話題、つまりは、普遍的なテーマをとりあげたつもりだ。
また、政治と経済といっても、専門知を要求するようなものを意味しているわけではない。政治を、支配に基づく人間と人間の関係、経済を、物質的生産と消費を介した人間と人間の関係、と言い換えたほうが分かりやすいだろう。だから、本講義で展開したのは、教養学の一環としての倫理学であり、さらに、政治と経済の倫理学ではなく、政治と経済を介した人間関係を、倫理学の枠組みでとらえ直す作業なのだ。(「あとがき」より)