◆180601 読書日々 884
梅雨、時々快晴
「梅雨どき」とは the rainy season で、関西では祇園祭がはじまると、盛夏、梅雨開けだ(the end of the rainy season)。北海道にも、目にはさやかに見えねどもというか、梅雨時がある。ちょうど今どきで、今年は正直というか、今週に入ってピーンと湿度計の目盛が跳ね上がった。このエゾつゆ、乾燥肌のわたしには気分が良いが、寝具類にとっては困る季節だ。それでも、体感的にいうと、関西の梅雨どきとは月とすっぽんほど違う。
1 その梅雨時になるといつも思い出すのは、三重の上野市の南端に住んでいたときのことだ。三重短期大(津市立)にようやく職を得て、最低生活のめどが立ちそうだと思えたときだ。初めて、独立の書庫・書斎をもつことができた。1階(三坪)が書庫(作り付けの書架と机)で2階が書斎(付寝床)である。それにクーラーをつけてくれた。至れり尽くせりだ。
当時「冷房は体に悪い」が常識だった。だが夜中でも30度を優に超える。それよりもっと苦しいのは、湿度だ。クーラーは湿度対策への最大の贈り物だった。35歳、この時期から、家族と顔を合わせなくてもすむ、ほとんど交わりのない日々が、今日まで続いている。PTAや運動会はもとより、学校の玄関に足を踏み入れることもなかった。全部を、妻に任せっぱなしだった。
2 そんな時代がはじまったときである。一冊の本に出会った。何度も書いたが、谷沢永一『読書人の立場』(1977)で、もちろん著者名も知らず、神田の新刊書店で偶然、夜行列車で帰るときに読むために買ったに過ぎない。ただし、開高健の作品論に目が惹かれたことだけはたしかだ。
雑誌Bのアンケート「孫に読ませたい一冊」が最近あった。子や孫に、妻や友人に読ませたい、という「本」は何か? こんなアンケートがある。わたしも物書きの端くれだから、諸手を挙げて自著を押したい気持ちはないわけではない。大西巨人(1916~2014)の言を借りると、
《さしあたり私は、もし私の著書が三百部ほど売れたならば、言い換えれば、もし私の著書が有志具眼の読者約三百人に出会うことができたならば、それは望外のよろこびであろう(さらにもし同様の意味合いにおいて三千部ほど売れたならば、「以て瞑すべし」であろう)、と考える。
しかし、また、――「上木」、「上梓」ないし「出版」という言葉の反意語は「篋底に秘す」であろうか、――私は、私の作品を「篋底に秘」しておくことなく上梓した以上、それが三億部か三十億部売れることをも願望せざるを得ない》(『神聖喜劇』文庫版奥書き)
を肝に銘じてなんども思い起こしている。
わたしは、「推薦」本をこれまで、何百、否、何千冊書いてきたことか? 大げさか? (そのなかには自薦もある。)そんなことはない。そのときどきに応じてだから、ウソはない。自著で読み返すのは、最近は『日本人の哲学』で、これはひっきりなしといっていい。よくぞ人名索引をつけたものだと感じ入っている。物忘れが激しく、特に人名をど忘れしてしまうことしばしばなのだ。
3 じゃあ、孫に読ませたき1冊を自著から選ぶか? それはない。大西さんだって、息子の赤人・野人さんに自著を推薦するだろうか? それはない、と思える。
わたしはやはり谷沢先生の1冊を選ぶ。こう確言できる。『紙つぶて』だ。これもなんども、何十回も書いてきた。自分にも勧め、他人にも勧めている。PHP文庫で再刊されないのが、疎ましい。谷沢先生は「哲学」とは「衒学」だと常々書き、わたしにもいった。「哲学」を谷沢風にいえば、「読み方」だ。その「読み」の見本が満載なのが、『紙つぶて』に他ならない。しかも硬直せず、風通しが良い。自己訂正の気脈で満たされている。