読書日々 1037

◆210507 読書日々 1037 桜満開! 旧厚別のことなど含めて
 1 いわゆる黄金週間が終わり、札幌はにわかに暖かくなった。桜がどこでも満開だ。住まいの近く、信濃神社や小学校、厚別中央公園と足を伸ばし(といってもすぐ近く)、咲き誇っている桜を満喫。どこもここも人出が少ないのも、いい。
 厚別(区)は、明治期に開かれたところだから、日本史のスケールでいえば、若い。最後尾に属するといっていい。だが北海道開拓史のスケールでいえば、そうおうの歴史を閲してきたといっていいだろう。特に稲作の推進では、先進役を果たしてきたといっていい。
 厚別は、白石村字厚別として発足した。白石は、宮城=伊達藩の白石(支)藩出身の屯田兵団と信州出身の農民を中核とした開拓団(=厚別)という性格を異にする二地区からなっていた。
 白石は畑地、厚別は石狩川水系の低湿(泥炭)稲作地として地歩を固めてきた。
 厚別は、過半が低湿地帯で、ちょうど函館本線が小樽・札幌~旭川とのびる、石狩川水系の非冠水地帯に居住地帯が点在していた。それが(旧 といってもわたしには周知の)地名にも残っている。
 ①東区(一部水田)②西区③旭町が居住区、④大谷地⑤川下⑥山本が低湿水田地区、⑦上野幌⑧下野幌⑨小野幌が水田・畑作(一部酪農)地。①~⑥は信濃小学、⑦と⑧⑨には分校があり、中学はなく信濃小付設=尋常高等小学が一つ、戦後の学制改革で信濃中学に統合された。
 ①~⑨の各地区には、それぞれ信濃神社の分社があり、独特の地区の祭があった。村の祭りと各地区の祭、盆踊りは、絶好の社交場でもあった。その華は、相撲大会である。もちろん、子どもの部もあり、優勝者には賞品も出た。
 などと書いてゆくと、わたしは郷愁に浸っているようだが、そんなことはない。毎年のように起る、厚別川上流・中流・下流の水争い、土手の上の暗がりを松明が駆け抜け、ときに怒声が聞こえることもあった。(血を見たこともしばしばだった、と聞く。)それに厚別川や野津幌川、小野幌川はよくよく氾濫し、低湿地帯を濁流で満たした。ときに私たちが住む住居地にまで濁流が入り込むことがあった。
 2 現在、厚別は更新期にある。新さっぽろが商業・医療センターに加え、大学の進出があり、鉄道・車(高速道)・飛行機等の輸送ラインを備える、札幌の一翼を担う先進地帯に飛躍してきた。といっても、わたしの住む地区は、マンション等が多くなったものの、旧住民がまだ息をしている、古い地域だ。
 わたしの隣には大阪理髪店があり、いまでも営業しており、その隣が(いまはなき)教科書等を販売していた藤元書店であった。先日、新聞の死亡欄に、藤元明雄さん(わたしより3年上で、いまは西町に居住していた)が物故した、とあった。
 もう会うことがなくなったが、名前を挙げれば子ども時代に接した、10人はくだらない高齢者たちが、現存しているはずだ。それも歯が抜けるようになくなってゆく。
 だが、1960年を境にして、ベットタウンとして人口が飛躍的に増えた地区が、すでに一世代を送り出して、改装期を終えたが、確実に古くなっている。土地に溶け込んでいるというのではなく、厚化粧然というところだ。他人事ではない。わたしの住居もバブル時代に建てたマンションの一室で、35年を過ぎた。少しも不自由ではないが、しっとりしているとはいいがたい。
 3 現在、活字のポイントを自由に調整できるpdf.版で読むのが眼に楽だ。光の叛乱にも苦しむ必要が少ない。だが、参照等を含む必要不可欠の場合を除いて、アマゾンのKindle版をはじめ、やはりのことpdf.はしっとり来ない。
 書くのも読むのも、デジタル版で少しも不都合ではないのに、長い読書習慣の故なのか、困ったものだ。目にはいいのに、不思議だ。つまりトイレ本としては、不具合であるということか? でも、校正時において、pdf.は実に快適だ。眼への負担が数倍緩和される。
 といっても、いよいよKindleの無制限購読加入を含めて、検討する時期に入った。さて、読み残した宮脇俊三の鉄道ものを、再読を含めて読もうか?