読書日々 623 

◆130607 読書日々 623
政村さんの英語イメージ辞典2冊
 やりはじめた仕事を中断すると、再開するのが困難というより、とても難しくなる。そういう経験をなんどもしてきた。『福沢諭吉の事件簿』は諭吉の評伝をまとめるかわりにはじめたが、1、2とそれぞれ400枚ほど書いて、3で書くことが決まっていたのに、別な課題をまとめるために中断し、したがって文献も書棚に一端引き上げたために、再開をすぐ始めることができない。1の最初から、推敲しながら読んでいる。ようやく1の終わりまで来たが、時間がかかる。何よりもやっかいなのは、この仕事丁寧に初め、締め切りがないのをいいことに、時間に任せて続けたため、つねに諭吉の事跡と符丁をあわせなければならないことだ。ミステリの時代小説仕立てで、しかも諭吉の人物像をふんだんに盛り込もうというのだから、おもしろいが、やっかいである。それに自分でも読んでいると興奮するのだ。逆に、乗っていないと書けない。
 『日本人の哲学3』で、政治・経済・歴史の哲学をはじめると、またまた延期のやむを得ざるところに追い込まれそうである。なんとか、1と2を出版して、弾みをつけることができればいいのだが、……。
 6/6 下松市の政村秀實さんからひさしぶりにメールが届いた。いま手もとに政村さん個人の手になる2冊の辞典がある。①『英語語義イメージ辞典』(大修館 2002 522頁)と②『イメージ活用英和辞典』(小学館 2008 701頁)である。slideもslipも「滑る」だが、①に「slipはバランスを失って〈つるっと滑る〉、slideはバランスを保って〈すーっと滑る〉感じである。」とある。slipは〈滑って転ぶ〉意を含み、slideは転ばないということが解る。というように何か頭が良くなったような感じで、しかも例文が適切、つまり親切なのだ。頼りにしている辞典である。(こんなやっかいな楽しんでいないと作れない辞書を作る人はどんな人なのかと想像してしまう。)2冊とも政村さんから贈られた。大学を退職前も後も辞典の工房をつくって仕事を続けておられたが、体調を崩したと便りがあった。しかし「再起」され「困難」をはね飛ばすようにして仕事を再開しているそうだ。
 先週、『舟を編む』をみて、観衆が感心したようにどよめいた辞書作りの困難さに対して、「そんなの普通なんですよ」といってやりたかったことを思い起こした。もっとも一字一字書いてゆく著述活動はどれも、そばで見ていれば卒倒しそうなほど、すさまじい。政村さんの①には、「writeはlightのli-の〈軽さ、明るさ〉に比べ、writeのwr-は〈重い、力のこもる〉感じがする。」とある。writeはもともとは石や板に引っ掻いて書いた、(あるいは石に刻み、板を彫った)のである。『舟を編む』で辞書作りをはじめたのは20世紀の終わりで、コンピュータ(ワープロ)が登場している。格段に書くのは、編むのが滑らか(smooth)になった。容易になったということだ。映画に登場するコンピュータは、当時、わたしも使っていたものに近いが、今日のに比べるとはるかにちゃちだ。
 6/6 東京のキヨさんからメールが入った。新刊の拙『父は息子にどう向き合うか』(PHP)が書店に平積みになっている、2冊買ったので送る、(サインして)返送せよ、というありがたい内容で、写真も付いている。キヨさん、いつもいつもありがとう。この本、多少とも売れて欲しいな。
 来週の6/14(金)、砂川に行く。福祉課の講演「いつまでもいきいきと暮らしてゆくために」のためだ。山を越え、古山から電車、岩見沢で乗り換えて砂川まで1時間半、ひさしぶりのローカル線での遠出だ。
 長女とその娘(昨年こちらで生まれた)がやってきている。わがやに派手派手しい泣き声の毎日がある。そうそう、6/4、歯の定期検診があり、その帰りススキノに出た。たぱす、木曽路、高屋敷(マスターの美声を聞き)と進み、ひさしぶりに「桂」に寄った。珍しい先客があり、伊藤さんも元気だった。町民文芸『まくべつ』をもらう。毎年1作、桂子さんはここで書いている。純然たる私小説だ。