231110 読書日々 1618 書物系・谷沢永一
11月である。例年なら木枯らしが吹きすさぶ。冬季用のタイヤ交換がある。それがない。(ま、わたしは免許返上したから、必要なくなったが。)
昨日、校正を終えたので、ひさしぶりに散歩に出た。「散歩」は、「街」場の証拠。30数年、過疎地に住んでいて、「街」はわたしにとってはまさに「別天地」であったので、周囲を散歩することはなかった。散歩する人もいなかった。挙動不審者に間違い兼ねられるのが落ちだった。
長沼の加賀団体に住んでいたとき、馬追山は山菜の宝庫だった。根曲がり竹や茸を採りに出かけて一番恐ろしいのは、藪のなかで「人間」に出会うことだ。相手もそう思うだろう。特に竹藪のなかでは、大声を出しても、周囲に届きかねる。そんなこととは知らず、つれあいが近くの竹藪に潜り込んでいたところ、ひと(男)に出会ったそうだ。それから、山菜採りにはけっして出向かなくなった。賢明である。
1 わたしは28才ではじめて「定職」を得ることができた。ちょうど処女著作『ヘーゲル「法哲学」研究」序論』(新泉社 1975)を出すことが出来たときだ。望外の幸運で、わたしはこの「業績」(?)で、三重短期大学の「法哲学」専任講師のポストをえることができた。わたしを推してくれた友人の恩義に感謝しても仕切れない。なによりも喜んでくれたのは、3人目の赤子を妊娠中の妻だっただろう。35歳ではじめて、大学新卒並みの給与だったが、毎年「定(=低)収入」を予定できるからであったろう。それ以来、茫々半世紀になんなんとしている。
2 わたしの定年は、70歳の2012年で、書き残したいと思ったことは、やり終えた、と思える。でも、読み残したと思えるものは、当然だが、まだある。司馬遼太郎『箱根の坂』は、一読したと思えたのに、ほとんどまったく記憶のすみにも残っていない。抜群に面白かった。掛け値無しの傑作である。
そして最後の小説『疾風韃靼録』を読みはじめたら、止らないが、目を開けていられなくなるので、無念だが、ときどきパタッと閉じてしまう。残念ながら、仕方がない。わたしのサーチライトは、暗くなければ働かないようになった。
3 書物系・谷沢永一
*中外新聞連載 20
●人間通は読書通だ
論争の鬼、といわれる人がいる。恐ろしくいけずのような人に違いないと想像すると、当てが外れる。細身で柔和で下駄履きの人、と言えばいいか。吉本隆明がそうといえよう。しかしその吉本をさえまったく寄せ付けなかったのが谷沢永一(1919-2011)だ。
論争家谷沢の軌跡は天王寺中学時代に始まる。学校の先生全部を敵に回した「たった一人の言葉の戦争」で勝利する。大学時代、「神経衰弱の猟犬のような男」(開高健)と恐れられた。学者になれば、日本近代文学会の主流多数派を相手に連戦連勝を重ね、蛇蝎のように嫌われた。匿名書評コラム「紙つぶて」で内容空疎、時代錯誤の権威主義的痴呆文を槍玉にあげ、閻魔さまに引き渡すがごとき所業を敢行した。ノーベル賞作家や文化勲章受章者の国益離反・有害無益な言説を万人にわかるような形で批判している。私も愛読者の一人であるが、もし自分が谷沢の批評対象になったら、と考えるだに血が凍るような論をすすめ続けてきた。
しかし、その鋭い穂先に続く長い槍を握っている手は、柔らかく温かかった。駆け出しや在野の不遇な人に過褒と思えるような声援を送り続けた。徒党を組んで声の大きさや陰湿な脅迫で相手を押しつぶすなどという蛮行から一番遠いところにいる。対面すると緊張が自然とほどけてゆく雰囲気を持している。物と人と言葉にこだわって、物と人と言葉の奴隷にならない生き方を示し続けている。大学という狭い世界に盤踞してきたのに、「人間通」という言葉ほどこの人にふさわしいものはないと感得させられる。
パスカルは「人間は考える葦である」といった。人間は宇宙と比べると塵芥のように卑小な(弱い)ものだ。しかし、その人間は、思考(考えること)のなかに全宇宙を取り込むことができるのだ。思考(包含=理解)することで人間は宇宙と同じ偉大さ(強さ)に達する、というわけだ。
谷沢が論争に強いのは、鬼や猟犬や偏屈だからでは断じてない。書物の人だからだ。世界と日本で、谷沢よりたくさん本を読んだ人はいるかもしれない。しかし、書物の世界のなかで、遊び、楽しみ、もがいて、森羅万象、魑魅魍魎を存分に味わった人で、谷沢の右に出る人はいないのではあるまいか。書物(言葉=思考)の世界にすべてがある、と谷沢はいっているようなのだ。これ、パスカルと同じ態度である。
しかも、谷沢は、本を読むことで人は偉くなるのではない。一冊も本を読まなくとも、人は賢くなる、知恵を持つことができる。逆に、本を読むことで尊大かつ馬鹿になる人は少なくない、世界と人間を正確に見ることができなくなるからだ、と喝破する。
「人間通」という言葉は司馬遼太郎の造語であるらしい。『人間通』(新潮選書)を書いてベストセラー作家の仲間入りをした谷沢が、司馬文学の発見者であることは、しかし、案外に知られていないのではあるまいか。