読書日々 681

◆140718 読書日々 681
北海道の夏は一月遅れでやってくる  祇園祭はお盆が真ん中、夏も真ん中
1 7/13~15 岩崎夫妻、室井、今村さん一行が来札した。四人とも聖地巡礼仲間で、もう少しで20年のつきあいになる。夫の岩崎さんとは、上京のおりしばしば酒を酌み交わす。巡礼仲間では貴重な「男」性である。ぶどう酒党の岩崎さんが、寿司をつまみながらグラスを傾けるのは、なかなかの絵になる。わたしと同じ年で慶応の経済を出て、黒川紀章事務所で長年欧米各地をまわり、独立して建築デザイン事務所を創立し、辛酸をなめながらも、いまに続いている古典的なビジネス男というべき存在だ。
 大集団で聖地をめぐる旅で、イスラエル、エジプトの中東、イタリア、スペイン、ポルトガル、ポーランド、ギリシア、フランス等々のオーソゾック寺院を訪れてきた。代表は曾野綾子さんだった。巡礼自体は10年近く前に終わっているが、終わってから硬軟取り混ぜたつきあいがかえって濃くなったように思われる。忘年会あるいは新年会が恒例になり、何事かが起こるたびに、南は鹿児島から北は北海道まで20人近くがすぐに集まるようになった。それでも高齢者が増えた。巡礼のリーダーの一人だった三浦朱門先生は90に達する。
 札幌はこの時期がもっとも健やかな季節である。ただし東アジアの団体旅行客が押し寄せる。京都が世界で最も訪れたい都市の一つだそうだが、歴史伝統のない札幌は違った意味でバカンスを満喫出来るシティではないだろうか。ただし今回は周辺でつぎつぎと変事が起こった。物騒だね。
 長尺ものの仕事が全部終わった所である。時間ができた。ひさしぶりに運転手を買って出た。札幌といえども広い。長時間の運転で、いっぺんに腰が固まってしまった。でも楽しい時間はすぐに過ぎるね。
2 大阪中心に関西での生活が23年におよんだ。梅雨が明けると大学は夏休みになる。卒業してもずっと大学関連で生活していたから、夏休みが集中して「仕事」が出来る時間である。夏の象徴が7月1日からはじまる祇園祭である。長い祭りのはじめがとくにいい。いっぺんに暑くなる。ピーカンで、40度近くなる。一度も祭りを見に行ったことはなかった。TV観戦だ。わたしといえば暗い部屋で穴ごもりとなる。ようやくきたフリータイムなのだ。結婚してからは、家族を実家に帰して一人になる。30代の内容貧しき拙著10冊には、この夏の時間の汗がたっぷりしみこんでいるように、今では思える。
 ところで札幌に戻って30年余が過ぎた。夏の暑さも、お盆も、体から抜け落ちてしまった。こちらはお盆休みが8月である。岩崎さんご一行がやってきた7月中旬、やけに観光客が目立ったのは、本物のお盆休みだったからなのだ、と今気がついた。
3 『寒がりやの坂本竜馬~~検証「蝦夷開拓」』を書いている。拙著『坂本竜馬の野望』(PHP研究所 2009)では注記するにとどめた問題をとりあげる。ずばり竜馬の手紙が焦点になる。もちろん、竜馬が書いた「文」が事実にかなっているという保証にはならない。竜馬は人並み以上にほら吹きだ。策士の部分もある。竜馬の全手紙を編集した宮地佐一郎(『龍馬の手紙』増補版 講談社学術文庫 2003)も宮川禎一・全書簡現代語訳『坂本龍馬からの手紙』(教育評論社 2012)も、貴重な仕事にはちがいないが、竜馬の「蝦夷」開拓を本物かつ本気の計画ととって疑っていない。
 もし竜馬が本気の蝦夷開拓をもくろんで実行したとしたなら、まったく準備も具体的な計画綱領もない、コミュニストが共産社会を「天国」とみなして宣伝したのと同じ、無根拠の「悪夢」しかもたらさなかったといえる。
 ただし「竹島」開拓は計画し、無茶なやり方ではあったが、渡航・調査を実行しようとしたじじつがある。(たんなる資金集めのプランだったと読める部分もある。)その計画いかんについては、小美濃清明『坂本龍馬と竹島開拓』(新人物往来社 2009)という貴重な仕事がある。「竹島」=鬱陵(ウルルン)島=朝鮮領を奪取して、大陸への前線基地とし、ロシアに備えるとともにイギリスに備えるという、吉田松陰立案の長州藩防備計画を寸借した程度の計画ではあった。
 松蔭は(その弟子伊藤博文ものちのちまで)、日本の主敵はイギリスで、ロシアとはむしろ友好関係を保たねばならない、と主張した。このイギリス主敵論は、清を攻略するイギリスのアヘン戦争観から来るもので、イギリス帝国主義が日本に便宜を図るのは、(事実ロシアの対馬侵攻を撃退してくれたのはイギリス艦隊だった)、イギリスの利益のため、ひいては日本を侵略するためである、という外交戦略が後々まで広く存在したのだ。