◆150227 読書日々 713
新数値でスポーツが三倍面白くなる 出野哲也『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本 1950-2014』
雪が少ない。今朝は少し降った。当地は豪雪地帯ではないが、それでも屋根から落ちる雪が外壁を覆い、冬期に何度か壁面の雪を除かなければ光が入らなくなる。ところが今年は一度も大がかりな除雪はないのだ。(といっても除雪は女房の仕事になっている。かなり大きな除雪機を小さい体で操作するのは、見ていても勇ましい。)
1 夕張映画祭の入場者が今年も増えたそうだ。積雪が少なく、好天が続いたこともある。
夕張は、わたしのところから見てもまさに「秘境」だ。わたしの住む長沼町も夕張郡の一角にあるが、いまでは夕張市よりも人口が多い。といっても1万ちょっとだ。でもヨーロッパに行けばかなりしっかりした「町」ということだろう。長沼を夕張と間違う人、わざわざ夕張郡と住所に書く人は、市町村の現況(変化)を知らない人で、長沼は南空知に属しているが、住民の顔はいつも札幌の方を向いている。
夕張映画祭で思い出すのは、第一回(1989年)のとき、亜璃西の和田由美に連れられて夕張に行き、相米慎二にあわされたことだ。小難しいことをいう監督だったが、「東京上空いらっしゃい」を見たばかりだったので、それとのギャップもあって、つきあうようになった。監督といえば「銀河系」(未見)の金井勝や「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」『浦山桐郎』(1998)の原一男、その他と接触があったにすぎない。金井さんとは秘境、龍神温泉に行って、アンチ巨人の金井さんとなにやらもめたことがあった。「龍神」とはあの机龍之介が湯治したところだ。原さんは文字通りの映画オタクという感じで、純愛映画を撮るのだ、といっていた。銭函のラブホテルで中沢千磨夫さんたちと会食したことが妙に懐かしい。現在は大阪芸大の教授をやっている。「巨匠」金井の生死(?)は知らないが、相米はとうの昔になくなった。
龍神で金井さんともめたのは、巨人阪神戦があったからだ。新宿ゴールデン街のスナック(?)「銀河系」の常連は、松田政男、井家上隆幸、長谷川龍生(?)、それにもう一人、とわたし、店主は大野さん。わたし以外はアンチ巨人。巨人フアンは保守だ、はまだいいが、右翼だ、反動だ、警察の回し者だ、とさんざんいわれる。多勢に無勢である。それにその頃わたしは関西在住。トラキチにはさんざんな目に遭っていた。店主が一言、「江川は嫌いだが、あなた方、巨人は嫌いなの?」といったもんだ。内心は巨人が好きらしい(?)
金井さん、「銀河系」の常連でもあり、大の巨人嫌い、江川嫌いだ。龍神で、その江川に阪神がひねられたのだ。旅の楽しみがいっぺんに吹っ飛んでしまったらしい。
2 出野哲也編著『メジャー・リーグ人名事典』(言視舎 2013)は堂々800頁の大事典だ。この人(たち)記録魔であるらしい。わたしは自分で記録を調べるのは苦手だが、読むのは好きだ。MBLを見るたびに、そばに置いて、目を皿のようにして読んで楽しんでいる。6000円は野球好きにとっては決して高くない。そんな出野が新刊『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本 1950-2014』(言視舎 15.2.28)をだした。わたしはどちらかというと、日本のスモール・ベースボールのほうが好きだ。「テキサスの哲」(テキサスヒットの川上哲治)や、「一本足打法の王」、「魔球の安田」などMBLでは笑いもの扱いされる変則存在だ。もっとも、MBLにもスモールに徹したような選手がいる。
出野の新刊は、MVPに対して真のMVPを決定する本だ。もちろん独断と偏見でではない。きちんと評価の算出基準(公式)を決めてのことだ。実際のMVPは、プロ野球担当5年以上の新聞、通信、放送各社の記者による投票で、3名連記=1位に5点・2位に3点・3位に1点で、最多得点を採った選手がなる。これも数値だが「投票」である。著者が採るのは、打者と投手を異なる評価軸で数値化する方法だ。より客観化をめざすが、本書の特徴は、数値を基準としつつ、数値の高低だけではMVPを決めないことだ。各年ごとの両リーグの10位まで、各10年単位の20位までを選出し、年間MVP、年代MVPを数値+数値に表れない貢献度をあげて、選出する。
3 スポーツである。何が面白いって、点数が、勝負が加わるからだ。出野の「事典」や「埋もれたMVP」がおもしろいのも、たんなる記述ではなく、記録の収集、評価軸を変える記録の発掘であるからだ。
日本のマラソンが8~7分台で低迷している。世界が2~0分台に突入しようとしている時だ。2000メートル後塵を拝しているのだ。だから日本マラソンはダメだ、などとはいわないが、ケニア選手のあと、ドングリの背比べでは見ていて面白くない。「実力」本位が数字で表れる。スポーツのおもしろさはこれだろう。川上が「打撃の神様」といわれたのは、投高打低の時代、51年.377をはじめ首位打者5回に輝いたという「数字」の実績があるからだ。
4 「日本人の哲学」を書いてきて、何がやっかいだからといって、「業績」(works)の評価で、「実物」(書物)を手に取らないとわからないことがあるからだ。
和辻哲郎は24歳で『ニイチェ研究』を書いた。ニーチェ日本初の本格研究といっていい。しかも原典を読んでの大冊だ。だが、ニーチェ研究家の西尾幹二にいわせると(和辻哲郎全集1「月報」)完全な「誤読」で、ニーチェがまったく分かっていない。文章「明確」、意味「不明」なのだ。哲学研究者としては「失格」の烙印を押されてしかるべきものだ。この大冊を書いたばかりに、和辻の大学教授の道は閉ざされた、といっていい駄作なのだ。和辻が、この本を読まれたら、京大・東大教授になるなどと予想すべくもなかった。ところが『ニイチェ研究』は、読まれず、業績に入る。ベストセラー『古寺巡礼』も業績になって、東洋大・法政大の教授になり、京大助教授に迎えられる。スポーツ界ではこんな事が起こるだろうか。……もう雪が溶け出した。すぐに3月だ。