◆150710 読書日々 732
明日は紀伊國屋で。そして露伴の『普通文章論』に注目!
1 先週、この日記を書く曜日を間違え、1日遅くなった。ひがな「雑知の哲学」を書いている。朝、食事時までは、曜日のことが頭に入らない。それに、街に出る機会が減って、日時に折り目が付かなくなっている。まずいね。
前回、すすきのに出たのは、6/26で、6月は2日だけ。7月は今日がはじめてになる。ただし、11日札幌駅横の紀伊國屋書店で、2時から『寒がりやの竜馬』出版・宣伝をかねて、「トーク・サイン会」がある。出版社(言視舎)の杉山さんも東京から来札される。11日の会と新刊(朝日新聞の紹介)については、このブログにアップしたので、クリックしてもらえる助かる。このイベント(?)を全部用意してくれた井上美香さんには、感謝の他ない。
2 6/26、すすきのに出たのは、講談社現代文庫から執筆依頼があって、編集者が会いたい、ということで出かけたからだ。「たぱす」で会って、のち、井上さんと合流した。講談社からはいままで2冊(+1冊・文庫)書き下ろしで出ているが、「現代新書」は別冊「宝島」とともに書かせてもらいたいメディアであった。谷沢先生が編集長を紹介してくれて、何となく会うことになっていたが、編集長が急逝され、叶わなかった。ただし10年以上も前のことになる。その谷沢先生も、逝って4年をすぎた。
現代新書は、他社の新書が簇生したのか、かなりパンチがおちた。「定年」後の生死をテーマにした1冊ということだった。今年は、年末までの山本七平評伝(500枚)を書く約束をしている。いま書いているのは、今年だけで、すでに200+350枚書いたが、あと100枚は書くことになる。
書くのは楽しい。ただスピードが遅くなった。これはしかたない。ただし、「原稿」(デジタルだが)離れが遅くなった。締め切りめがけて書くのではない。「ま、これでいいか。」という思い切りができなくなった。
3 7/8、規子さん(女房)の68回目の誕生日だ。外に出て食事でもといったら、恵庭の「魚はん」でステーキ肉でも買ってくるから、という。夕刻、ひさしぶりに、300グラム級のアメリカンビーフを食べた。安いが旨い。噛みごたえがある。
15年前、取材でアメリカの大学を回った時、ニューヨークのマンハッタンの真ん中で、ダイヤモンド社の砂田さんと、ぶっといステーキを食べたことを思い出した。2000年の8月のことだ。砂田さんは2枚食べたのではなかったか。理由は秘密(!?)。
4 露伴に『普通文章論』(1912)がある。書き下ろしだ。とにもかくにも露伴の『努力論』や『修省論』は、渡部昇一さんが単行本等でなんども詳しく紹介しているように、その存在は知られている。『努力論』はプルタルコス『倫理集』、ヒルティ『幸福術』とともに、世界3代幸福論の1冊、しかもそのなかでトップだ、とわたしは思っている。
ところがこの『普通文章論』、その存在さえよく知られていない。ただし、傑作である。『文章読本』といえば、作家が書く「名文」の書き方指南である。ところが、「実用文」の指南書を、あの名文というか、名文中の名文を書いた、現代語訳しなければ読めないような露伴が書くのだ。わたしもよく売れた『論文レポートはどう書くか』(広瀬誠との共著 1994)いらい、かなりの数の「論文」の書き方の本を書いてきた。主旨は、万人が書くことのできる「実用」文の書き方術であった。
今回、『普通文章論』をはじめて読んだ。露伴通の谷沢先生でさえ、『大人の国語』に付載した文章読本紹介のなかから漏らした本である。単行本で出す価値は、いまこそある、と思える。だれもが書ける実用文の書き方指南の本だ。
5 その露伴を書き終わった。結局、その教養力に圧倒されながらも、20枚以上書く結果になった。本棚を漁ってみると、全集(全43+1)、『芭蕉七部集評釈』、『露伴随筆』(全5)、その他単行本があるだけでなく、同じ量くらいの関連書がある。渡部昇一さんの本も5冊を数える。『運命』はSF作家の田中芳樹が翻案して『運命』という同じ書名で講談社文庫から出ている。
「文豪」である。最初、紅露といわれた。戦勝後、紅露逍鴎といわれた。敗戦後は、漱石鴎外露伴といわれる。つねに露伴がいる。3人とも岩波書店から全集が出ている。質量とも、露伴が圧倒的である。ところが漱石と鴎外が文豪のトップのように扱われる。尾崎紅葉、坪内逍遙とともに、露伴が消えてしまった。
この露伴、敗戦後まで生きた。最期の年、評芭蕉七部集評釈を完成・刊行してのち、亡くなった。この露伴、池波正太郎『剣客商売』の秋山小兵衛が若妻と住んだ、「鐘淵」に住んでいた。蝸牛庵である。その跡地はいま子ども公園になっているそうだが、まだいっていない。