読書日々 488

◆160108 読書日々 488

 昨日「七草」ならぬ、「四草」を食べた。ヘルシーだね。
 1 『死ぬ力』(講談社現代新書)の校正を終えた。一度やってみたいと思っていたが、クリスティの小説の題名の「死のテーマ」を章題・設題につかって、書いてみたのだ。なんとかできたような気がする。クリスティの愛読者かというと、嘘になる。しかし、スーシエのポアロもの、それにマキーワンのミスマープルものは、映像のほうが好きだ。というか上出来な作品が多い。しかし、それ以外の俳優による、(マープルの二人を除いて)オールキャストの『オリエント急行殺人事件』を含めて、ほとんどいただけない。なぜかは、いつか論じる意味がありそうだ。
 2 大阪は、江戸期「天下の台所」といわれた。「下りもの」とは関西・上方から江戸に送られてくるもので、酒でも着物でも、上物を意味した。京・大坂の味や着物は、洗練されされたものの代名詞だった。
 わたしが大阪に行った一九六〇年でも、まだ商社や銀行は、それに新聞も、大阪に本社があった。あるいは、東京・大阪に二つの本社があった。壽屋(サントリー)もまだ堂島川の縁に旧屋のままあった。しかしビジネスの潮目は完全に東京中心に変わっていた。そして大阪にものの見事になかったものがあった。出版社だ。編集者であり、雑誌だ。大阪の旭屋書店や紀伊國屋は、一店舗で売る本の売り上げは、巨大だったが、大阪にあったのは出版社の「出張所」(営業・販売部)だけだったのだ。この街で、作家になるのは、生きるのは、至難であった。
 福沢諭吉は、京・大坂で、堂々と自著の偽版が印刷・発売されているのに憤慨し、大阪府庁にねじ込んだりしたが、府知事がその偽版の張本人だったこともあった。「儲かりさえすれば、なんでもよろし」というのが大坂の商道徳、ビジネスライクではないと思えるが、NHKの朝ドラ「あさが来た」を観ていると、一見、そのように思える。このドラマには、福沢諭吉も出てくる。もともとは大坂生まれで、適塾育ち、江戸に出て、のちの幕臣になり、維新でようやく幕臣に見切りをつけ、義塾を創設したといっていい。諭吉は「学商」(学者商人)といわれたが、それに少しも怯んだり卑下することがなかった。素敵である。むしろ大坂出身の代表と思える。
 学生時代『学問のすすめ』や『福翁自伝』は読んでいた。大阪で学んでいたこともあって、諭吉の破天荒さにある種の羨望を感じていた。この人は浪速っ子だな、という臭いがした。しかし、わたしのまわりの文学部の学生は、揃いも揃って、箸にも棒にもかからないほどの、田舎っぺであった。田舎っぺのわたしがこう評せざるをえないのだから、察してほしい。
 3 「あさが来た」のキイマンは五代才助(友厚)である。これについては以前の日記で記した。日本の政治の表舞台を回したのは、大久保暗殺以上、伊藤博文、星亨、原敬だろうが、経済の歯車を回したのは、渋沢栄一、岩崎弥太郎、福沢諭吉の面々に対し、大阪の五代才助、鴻池善右衛門、三井元之助、広瀬宰平(住友総理)等だった。ま、「あさが来た」は、結局の所、NHKらしい「清潔」さを売りである。それはそれでいい。だが商家の人間関係は、当たり前にややっこしいというか、功利的であるのだ。