読書日々 487

◆160101 読書日々 487
新年おめでとうございます。
 今年の読書日記は元旦に当たりますので、年賀をかねさせていただきます。
 昨年も、どうにか切り抜けることができました。七五歳を、リタイアーと考えて参りましたが、あと一年余、その見込みが立ちそうです。皆様はいかがですか。
 この一年も、息切れは多々あれど、どうやら仕事を順調にこなすことが出来ました。その反面、在宅老人になっているのに、家事にはさらに疎くなったように感じます。妻の手を煩わすことが多くなり、反省することしきりというわけです。
 昨年刊行できた著書は以下の四冊です。
 1 『ヒルティ 老いの幸福術』海竜社 15.1.30
 2 『寒がりやの竜馬』言視舎 15.5.31
 3 『日本人の哲学5 9大学の哲学・10雑知の哲学』言視舎 15.10.31
 4 『シニアのための反読書論』文芸社文庫 15.12.15
 ありがたいことです。皆様に感謝いたします。
 本年は『日本人の哲学4』を仕上げるべく準備中といいたいのですが、『評伝山本七平』を仕上げ中、さらに「死」論(脱稿済み)と「読書」論の書き下ろしで、なかなか思うように任せないできました。でもあと一冊で、リタイアーまでに仕上げようと決意した大冊(?)が終わります。今年中に、という無理をせず、仕事を楽しみたいと思います。ひさしぶりに理科系の書物が山のように(?)読むことができるようです。
 読書計画は、これといってありません。仕事で読む。これがこの年も続きます。ただし、二〇〇四年四月第一冊を出した、佐伯泰英『居眠り磐音 江戸双紙』(双葉文庫)が、この一月で終わります。全五一巻です。日本の時代小説を変革した大冊です。わたしは田沼意次が好きですが、佐伯作では、主人公磐音に対立する巨魁です。
 少年期、読書はほとんどしていません。といいきったら嘘になりますが、漫画は別として、父が講読していた『ベースボールマガジン』と『面白倶楽部』を、書店にもらいに行き、父より早く耽読していたことが、わたしの読書歴の最初期の記憶です。田舎の小学同期に、西部邁さんの妹がいて、これが文学少女で、ずいぶん難しい本を読んでいたようです。姉が女子中学に通うようになり、大江健三郎の短編集を読んでいたのを無断借用して読んだのが、本格的な文学読書のはじめではないでしょうか。ま、その前に、記憶の底から忘れ去りたいと思っていた中学時代のドストエフスキー体験があります。でもわたしの読書は、文学少年とはほど遠く、『北海道年鑑』や地誌の類でした。これは後年ずいぶん役に立ちましたよ。といっても、どれもこれも暇つぶしの読書です。時間だけはいつも十分すぎるほどあった時代です。
 今年、谷沢永一先生の二巻選集、上・精撰文学研究(浦西和彦編)、下・精撰人間通(鷲田小彌太編)がでます。谷沢先生こそ、三〇代の後半、わたしの読書遍歴の唯一の先達になります。この二巻選集で、多少とも先生の読書恩に報いることができるとは思えませんが、先生の本は、ほぼ本棚二本分を占めています。この半分はトイレで読んだのではないでしょうか。

 あらためて今年もよろしくお願いします。お会いする機会があれば望外の喜びです。なお、三月末には、宮崎を振り出しに、横光利一『郷愁』の舞台になった竹田城址にゆくことができそうです。楽しみです。生き延びて、人生プランの最終章をわずかでも飾りたいものだと願っています。
 二〇一六年元日                   鷲田小彌太