雑記帳 10

◆160930 雑記帳 10 
オリンピックは「特需」だ!
 ひさしぶりに書く。
 東日本大震災は、日本の経済面からいえば、これ以上ないといえるほどの「特需」であった。冷え切っていた土木建築業界が息を吹き返した。その特需が新規拡大を見込めそうにないとなったとき、オリンピック開催が決まった。消費中心社会である。基調は「高品質、低価格」のデフレだ。少しでも消費の財布のひもを締めれば、景気は後退する。だから、何でもいい、特需が欲しい。チャイナという特需が縮小する。オリンピックは、なにが何でも、需要拡大につなげなくてはならない。産業界も、政府も、自治体も、そして東京も、思いは同じだ。当初の計画(予算)を、5倍、3兆円掛けよう。いや、かかってしまうと、計画変更しよう。その嫌われ役を買って出ているのが、森だ。蛙の面にションベンのような森さんだから、評論家もマスコミもこの人を責めない。攻めきれないからだ。何、森の背後には、デフレ脱却に手間取っているというか、インフレの壁に挑んで跳ね返されているアベノミックスが控えているのだ。
 けちけちするな。この際、財政出動こそが重要なのだ。無駄使いがなくては、弾みがつかない。それが国民所得(生産)の6割以上を消費が占める、消費資本主義=高度(ポスト)資本主義の「本性」なのだ。本を買わず読書をせず、スマホして無駄金を使っている。これが典型的な消費資本主義人間だ。エッ、生産中心の資本主義に戻ればいいじゃないか。再生可能なエネルギー社会ならもっといい。こういう人にいいたい。
 再生可能なエネルギー社会は、高くつく。非効率的。エネルギー源はただではないか、と思う人。安物買いの銭失いなのだ。ただほど高くつくものはない、は人類の経験知じゃないの。もっとも、がんがん太陽光発電所を建てて、がんがんその維持・更新費用を使いなさい。インフレ社会になることうけあいだ。サービスはただだ、と思う人。サービスが一番高いのですよ。そのサービスに高値がつく社会に生きているのだ。
 地震に続いて、オリンピックだ。「特需」だ。税の無駄使いという人。税を無駄に使わないで、余っている「金」を処分しないと、経済停滞を打ち破るすべはないの。それが先進国の経済矛盾なの。解決は、その都度乗り越えるほかない。第一、マイナス金利にしてもいっこうに減らない、むしろ増えるこの滞留する滞貨を、どうやって世の中に巡らせばいいの。じゃんじゃん使うしかない。個人消費が伸びないなら、公共という名で消費をじゃんじゃん増やすしかない。もちろん、ツケはくる。「特需」だ。バブルだ。でもないより、ある方が、滞貨のままにしておくより、多少に関わらず、世の中を駆け巡らせる方がいいに決まっている。
 森さんに非難ゴーゴー。大いに結構。小池さんが非難をあおって、「期限切れ」で手を打つ。それも結構。オリンピックの後、安倍政権はつぶれる。大いに結構。民進党も、これくらいを謀って、政権奪還すれば。そうすると、またもや不景気になり、国民は多少は不足不満を感じるに違いないが。