◆161104 読書日々 802
体がまだいうことをきいてくれる
1 谷沢先生の『人間通』(新潮選書 1995.12.20 文庫版 増補版・2008)を開いた。増補版だ。幸運なことに、先生の本は、ごく初期のを除いて、そのほとんどが著者贈呈された。昨日、再見・読したのは、増補版で、桂文珍との対談が新たに入っている。そういえば、最近、文珍を見ない。話を聞くことがない。わたしは、米朝の弟子の枝雀とは同じ歳だった。一種の天才というか、鬼才で、どこまでも凡才風で話もうまくない三枝(文枝)とは違っていた。この枝雀が自殺した。躁鬱だった。文珍は、話も米朝ばりにうまいし、奇でもある。しかし48年生まれだから、すでに69になろうとしているのだ。自分の歳が知れるというものだろう。
谷沢先生は、一時、文珍が司会するバライティ番組で、高石早苗とともに、コメンテイタをながく勤めていた。といっても、わたしが関西から戻った年頃だから、一見もしていない。先生はつねに当意即妙そのもので、ずばりも一言を投げる。酒を飲んでも崩れない。それにべんちゃらがうまい。女性をけっして悪くはいわない。女に軽蔑されるようでは世の中をうまく渡っていけないという。わたしのようにすぐ「ぶす」などというのは、正反対だ。
そういえば、『人間通』が出たとき、先生は66歳で、まさに書きざかりであった。とはいえ、3月に阪神大震災で被災し、トラック三台分の蔵書を処分する目に遭った年だ。
『人間通』を取り出したのは、先生の2冊の「自伝」について書くためだ。一冊目『雑書放蕩記』(1996)、2冊目『本はわたしにすべてのことを教えてくれた』(2004)だ。この2冊、小学1年生から、文壇デビュー作『完本 紙つぶて』(1978)が出るまでの40年余を、読書歴と絡めて述べたものだ。苦節49歳だが、これは現在では「苦節」でも何でもなく、消費中心社会に育ったわたしの息子の世代(新人類)では、ごくごく普通のことになっている。
先生は本しか読まなかった人だ。その人が「人間通」なのだ。「人間通」という言葉を造り、『新史太閤記』で余すところなく論じた、司馬遼太郎の「発見者」であった。といっても、この2人、というか、兼好、仁斎、秀吉、三宅雪嶺等を含め、人間通といわれる人は、読書通に加え、その心底を推察するに、クールだ。肝心要なところで、人も物事も、両断できる。他人を寄せ付けない、自立判断者だ。裁判官のように、「法律」という指標(ジャッジ・基準)があるわけではない。(最近の裁判官や、法律屋は、ほとんどすべて世論という波次第で、判断を変える。韓国の伝統=「恨の文化」を笑うことはできない。)逆に、女を「ぶす」などというのは、人に好かれた、人を寄せつけたいための下心といってもいいだろう。
2 作家の藤沢周さんが「週間読書日記」(日刊ゲンダイ)で『谷沢永一二巻選集 下 精撰人間通』(言視舎)を取り上げてくれた。堂々たる読書エッセイになっている。嬉しい。(ちなみにわたしのブログに再録している。一読の価値あり。)
3 8「人生の哲学」は切所を越えたのか、さしかかっているのか? 150枚は書いた。残る相手=本と著者がある。全部精読した本ばかりだ。しかも、一度や二度はそれについて書いている。だから、むしろ難しい、ということでもある。といっても、『日本人の哲学』全5巻の最終場面だ。むしろ困難なのは、終えることにある。どこで終わってもいいところに来ている。そう断じることが出来る。むしろ難しいのは、「終える」ことであるようだ。次の仕事が待っている。福沢諭吉事件簿が完成を待っている。こう言い聞かせても、定年を数年残して、この仕事でピリオドを打とうという決断したことは、やはり重い。
しかしよくしたもので、すでに諭吉が頭の中を駆け巡っているのだ。雪嶺が、おいでをしている。自分ながら欲張りだと思えるが、体がまだ動いている。