◆161216 読書日々 808
「ホームズ君、エレメンタリではないよ。」
pm.7:20 長沼の気温は-8度℃ 寒い、書斎の温度は、点火する前、8度℃、今期最低だった。
1 いま、「MR.ホームズ名探偵最後の事件」(2016)のサントラ盤(CD)を聴きながら、これを書きはじめた。折よくなのか、『シャーロック・ホームズ大図鑑』(三省堂 2016/11/21)がでた。これももう手元に届くはずだ。これでまた少し楽しめる。といっても、わたしにとって、ホームズはたんなる気晴らしではない。
ホームズは、1854年1月6日生まれで、1957年1月6日亡くなった。103歳であった。もうすぐ、没後60年だ。この物語は、ホームズが93歳のとき、1903年の「引退」を決定づけた「最後の事件」=「失敗」(?)を、30(45?)年後、解き明かそうとするが、耄碌のため思い起こすことができない。彼はいまでも「論理」がエレメンタリだといってはばからない。ところが、ロジック(メモリイ)が耄碌で働かないのだ。だからこそ、養蜂をしてローヤルゼリーを採集して呑み、敗戦後、米軍に占領され、一面焦土と化した広島まで、記憶力を回復させる秘薬といわれる髭山椒を求めてやってくる。
最も興味深いのは、あの自尊心の塊のホームズが、老いたりとはいえ、薄れた記憶力を取り戻す「秘薬」として、家政婦の息子(少年)のセンスを頼りとすることだ。それに引退後30(45?)年住みつづけるサセックス丘陵の海岸に近い景観がとてもいい。サントラ盤に再現されている美しさだ。
ホームズを最初に読んだのは『……冒険』の「まだらの紐」ではなかったろうか? 受験勉強のために原文で読んだ記憶がある。ホームズものは、ジェレミー・ブレッドだけでなく、最近、超モダン版とでもいうべき「シャーロック」やニュヨークのホームズ「エレメンタリ」など、すばらしい新機軸のものがたくさん出てきている。どれも面白いが、老人のセンスには煩わしい部分に満ちている。それを、この「MR.ホームズ……」は補ってあまりあるというべきだろう。「シャーロック」も「エレメンタリ」も、「論理だよ」が前面に出てくる。しかし、93歳の、あるいは、それから10年、103歳のホームズの「論理」とは、情報処理を第一義とする(電算機の)論理だけでなく、もう少しふっくらした、生身のロジック、電子計算機では不可能と思える処理能力が要求されている。「自然」「技術」「人生」の哲学でメインになった論理(センスのコトバ)だ。
2 山本伊吾『夏彦の影法師 手帖50冊の置き土産』(2003〔文春文庫 2007〕)は、山本夏彦が残した「手帳」を材に、息子(新潮週刊誌編集者)が父夏彦の人生を再構成したものだ。わたしはまだ身辺整理をしていない。叩けば埃の出る体だ。詳らかにできない、したくない出来事が山ほどある(と自分では思っている)。ようやく書くべきと思ったことを仕上げたのだから、いざと思う。「手帳」をからと思い、手元にあるのは、「文化手帳」(潮出版)とサンメンバーズ(リゾートホテル)の手帳で、もっとも古いのは1981年で、あわせると40冊近くある。30年間以上、書いた作品(枚数)と、毎月の枚数、年の総数、それに、原稿・印税料が、ときに刷り数(発行部数)がメモされている。1000枚を超したのが1988年、91年に雑収入が給与を超し、90年代末に出版バブルがはじけ、2005年には給与をかなり下回るようになり、12年退職して年金生活者になり、印税はほぼなくなった。
「文化手帳」は81年から使い始め、安くても書く仕事がわたしに巡ってき始めた年だ。ずっと、田舎に住んでいたから、これは異例のことではなかったろうか。手段は、ひたすら読んで、ひたすら書くことだった。といっても、『季報唯物論研究』、『クリティーク』(季刊)を創刊し、北海道に戻って月刊『北方文芸』の編集人を8年間続けた。すすきの通いを含め、その他その他がある。あれもこれも、過疎地に住み、人付き合いをしてこなかったからできたことだ。つい最近まで隣の家の人の名も顔も知らなかった。顔はもう忘れたが。