◆180316 読書日々 873
孫栄健『決定版 邪馬台国の全解決』(言視舎)を開く
数日暖かった。雨が落ち、風も吹き、雪が大急ぎで融けた。対して48年前、大雪で、千歳空港で長いあいだまたされ、大阪から鹿児島(指宿)旅行をすべてキャンセル、「新婚」旅行は豊中のアパート(清風荘)までと相成った。
1 そんなことを思い出しながら、宮崎俊三(1926~2003)『最長片道切符の旅』(1979)のページを再びめくっている。この人の書いたもの、じつにセンスがいい。というかわたしのセンスに(も)あう。大げさでないのだ。78年に早期退社(中央公論に入り最後は常務)し、列車の旅を始める。じつに52歳の時だ。この本が処女作で、わたしは昨年大量の本を処分(?)したが、宮崎さんの本は編著を含め、手元に残した。特に廃線跡をいくシリーズ(ムック)が貴重だ。いつ・どこで開いても、小旅行をする気分がよみがえってくる。現在、この片道切符でたどる旅は、廃線がたくさんあって、不可能だが、わたしは「公共」の名の下に、大赤字を垂れ流す・利用者の超少ない路線「廃止」反対を主張する地域エゴ(ローカリズム)に与することはできない。
最近、「池」の水を抜くで話題を集めるTVがある。5月からレギラー化するそうで、わたしも楽しく観ているが、在来種=善=保存、外来種=悪=排除という裁断は、かなりというより、端的に異常だ。無意識な排外主義の変種と思える。
わたしは車も衣服も国産品を使ってきた。もっとも時計や鞄には外国産がある。ブランドものではなく、懐具合を勘案して、手近にあったものを購入し、使う。マグロは南洋マグロ(冷凍)がうまく感じ、ワインはイスラエル産を買っている。これは旨い。だが総じて国産品を消費している。米作がなくなれば、日本は滅ぶ式の思考は、とらない。「日本ファースト」だが、自由市場経済では、比較して易くて良いものを使う。これ、常人のマナーだ(ろう)。
2 孫栄健(1946~)『決定版 邪馬台国の全解決』(言視舎 180215)が「大増刷」したそうだ。杉山社長は大喜びと思う。邪馬台国に関する書籍は、眉に唾したものが多い。わたしもその尻馬に乗るわけではなかったが、『日本人のための歴史を考える技術』(PHP 1999)で邪馬台国論争に触れながら蘊蓄を傾けた。柄谷流にいえば「哲学とは読解法」であり、最重要なのは、歴史(書)を読むだからだ。孫は、その書いたものをみると、マルチ・タレント(のよう)だが、この本は、読み始めたばかりなのに、面白い。それに叙述が若々しく、じつに簡明(distinct and clear)だ。
大学に入ってすぐ、井上馨先生の日本史を取った。国文に進むか、歴史に進むか迷っていたときだ。最初の講義から邪馬台国論争だ。京大出身の先生は、ご多分に漏れずヤマタイ=ヤマト(大和)派であった。なんか回りくどい、屁理屈に近い「ロジック」(非論理)で、邪馬台国を大和に導く体であった。わたし自身は古田武彦『「邪馬台国」はなかった』(1971)に強く影響を受け、いずれ「邪馬壹国」に教科書は書き換えられる、といったりもした。そのご、宮崎市定や石渡信一郎、そして岡田英弘等の諸研究に大きく触発されたが、建国以前の日本列島史には、興味が尽きていない。孫の新著がわたしの歴史好きに再び火を点すだろうことを思うと、たまらない。
3 中くらい長いもの(北海道のイノベーション)と子母沢寛の文学(13枚)を書き上げたので、再び三宅雪嶺『人類生活の状態』(上下)の摘要に戻り、ダルになった頭のストレッチを始めた。雪嶺の遺著、1『人類生活の状態』(上下)、2『学術上の東洋西洋』(上下)、3『東洋教政対西洋教政』(上下)、4『東西美術の関係』は、総論に『宇宙』をおくと、雪嶺哲学体系になる。全部で5000枚のエンチクロペヂアで、ほとんどまとめてまともに論じられることがなかった。せめてわたしだけでも読み通そう、そう思ってノートを取り始めた。ま、どんなに長くとも、ステップ・バイ・ステップでゆけば終わる。それが読解である。雪嶺には、ほかに『同時代史』(6冊)や戦時下の「日記」(コラム集 11冊)がある。これらをあわせて、その書は、日本近代(敗戦前)の大遺産だ。雪嶺は、近代日本(大学)哲学のファーストランナーだが、本領は雑知の哲学者で、ジャーナリストだ。どこまで書けるかわからないが、もう一度『日本人の哲学』(全5冊)を書いた勢いの何分の一かを振るえたらいいのにと思う。