読書日々 922

◆190222 読書日々 922
ポツンと一軒家か、廃屋・衰街のバスターか
 今週に入って、ずいぶん気温が上がった。時々戸外に出る。背伸びをして、遠くの空を眺め、道路口まで歩く程度のことだが、雪融けともあいまり湿度がずいぶん上がったので、乾燥肌のわたしにはとても気分が良い。
 昨夜、かなり大きな地震があった。昨年度の地震の余波ということだが、揺れは一度きりだった。
 1 TVは番組予約してみることにしている。昨晩の地震は、NHK「日本人のおなまえっ!」を録画で観ているときだった。
 今回はレア名字で、大阪ではやたら「谷」がつくそうだ。なぜか。~屋が~谷に変じたもので、商売の屋号、たとえば鍛冶屋→鍛冶谷というようにだ。
 ゲストに出ていた女優の室井滋(1958~)は富山の滑川出身で、解説者によると、室井姓は富山と栃木北部にある。北前船をはじめ、海上交通の要港であった滑川(魚にかんする名字が多い)に、室井姓があるのは、おそらく商機を求め栃木から移ってきたからだ、ということだ。
 その栃木の北部、黒磯の北部にどん詰まりの秘湯ともいうべき板室温泉がある。最寄り駅は新幹線ができたので、那須塩原、那須には御用邸をはじめ、明治元勲の別荘がある。
 板室温泉の一角に、大黒屋があり、そこの当主が室井俊二さんだ。開湯一千年を誇る古湯で、かつモダンな純和風の旅館だ。鹿児島出身の女将が古い友人で、ゴルフや麻雀客がいない、保養の湯でまさに別天地だ。
 日本人の名前(名字)のほとんどは明治になってつけられたもので、鷲田もめずらしいように見えるが、電話帳にはかなりの数が載っている。わたしの生れた厚別にも、いまなお生き残っているが、(おそらくみな)親戚だ。といっても、縁類のない鷲田に、わたしの従姉妹が嫁いでいったという例がある。わたしのイトコはおよそ百人近くいる。母が亡くなった15年前、葬式で、ほとんどのイトコにあうことができた(のではなかったろうか)。父は長男で姉が一人いて、その子供が女二人であった。母は長女でともに大家族だった。イトコたちにはもう生きているときに会うこともないと思えるが、わたしが18で北海道を離れたが、イトコ全員を知っている(ように思える)。
 2 19(火)日、講談社新書の米沢編集者に新札幌(の居酒屋)であった。帰りの飛行機までの時間だから、慌ただしく、あいにく地場の魚のない季節で、酒の肴には欠けるところがあったが、ひさしぶりに酔った。歯の全面改築で、縫合あともやっと抜糸が終わっただけ、熱いものを口にすると、火傷状態になる。
 米沢さん、働き盛りの30代、仕事熱心だ。新刊を手渡された野澤千絵。『老いた家 衰えぬ街』(現代新書)だ。
 これもTV番組で、「ポツンと一軒家」が評判をよんでいる。衛星写真をたよりに、ポツンと他と隔絶して建つ一軒家を探し、探訪するだけの番組だが、臨場感があって面白い。
 それに刺激されて(か)、同じ朝日TVで、「空き家バスターズ」がはじまった。日本各地に点在する空き家の所有者を探し出し、問題解決に乗り出すという主旨で、「ポツン」との域までまだかなり遠い。
 3 35年前、長沼町字加賀団体に土地を求め家を建て、転居した。
 1970年代、列島改造のとき、馬追山から砂利を採集する現場にあった社宅(? 廃墟同然)が一つポツンとあり、一人住んでいたが、(おそらく)戦後入植したと思われる加賀団体の人も家も、ほとんど痕跡も残さず消えていた。
 馬追山というが小高い丘陵である。電気、水道、バスをはじめとする公共交通機関はなく、歩くと街場から七キロ、不可能ではないが、こどもの通学は妻が送り迎えをした。それから30年、字加賀団体あとに数十軒の家が建ち、100人以上に人になったが、ポツンポツンと空き家が増え、わたしも30年余にして撤退した。ひとえに高齢化と死亡のためだ。
 野澤の本は面白い。バスターだけでなく、減築、減市町村も、指呼の間にある日本の現状だ。父もわたしも旧宅・店舗をバスターした。さてわたしが建てた長沼の家、いま住む建物は、だれがバスターするのか? ま、心配無用か。