読書日々 925

◆190315 読書日々 925
伊那平の箕輪町はどういく
 日の出がずいぶん早くなった。わたしの住むのは1階の端だ。カーテンを開けると、ときどき隣のアパートの2階の窓にうっすらとスタンドの灯が見えるときがある。何か懐かしい。学生時代、移り住んだアパートは下宿を含めると3軒だった。どこも1階で、昼でも薄暗かった。学生下宿屋には、窓のない部屋もあったが、わたしだけでなく、文学部の学生(男)は例外なく貧しかった。それでも朝早く部屋に灯がともっている窓を見ると、ほっとしたものだ。
 ただし京・大阪では豪邸も下宿屋も夜雨戸を閉める習慣がある。朝、ガラガラとその引き戸を開ける音がまたなんともいいものだった。北海道の家には、ほぼ例外なく、雨戸がない。
 1 学生時代、一度、吉野山に桜を見に行ったことがある。だらだらと坂を上る眼前、桜が全開で、壮観だった憶えがある。各地で桜を見たが、豪華さでは吉野の山桜に勝ものはない。
 長沼町字加賀団体に居を移したのは、1985年、戦後入植した二十(?)軒余りの旧居住跡は土台もなにも、まったく影も形もなかった.。まさに廃村・棄村というより滅村であった。
 そのあとにポツンと一軒、建ちあがったとき、電灯の光のまぶしかったこと。星の光の見事だったこと。いまはなき光景である。
 2 TBSTVで「隠蔽捜査」が再開された。シリーズが終わってかなり(5年)たつ。俳優とは面白いもので、同じ表情で出てくる。前回のシリーズは、DVDで見た。原作はかなり前を進んでいるが、単発なのかな?
 原作者の今野敏は、いまもっとも売れているミステリ作家で、西村京太郎ほどではないが、かなりの数の作品が、TV化されている。この人、炭鉱町だった北海道三笠出身で、武道(空手)家でもある。いろいろな顔をもつが、国政選挙に立候補(落選)したこともある変わり種だ。
 3 「福沢諭吉の事件簿」(およそ1000枚)を書き上げたので、書籍を棚に戻した。といっても、諭吉と三宅雪嶺の書籍と関連本ばかりのパイプの書棚一つへの移動で、ただし震度6の地震でもびくともしなかった、本も飛び出さなかった優れものだ。
 本をかたづけると、日常なんとはなしに手に取っている本が目立ちだす。この二年、ずっと鮎川哲也と宮脇俊三で、何度もこの日記にも記してきたとおりだ。二人はほぼ同じ歳になくなっている。
 宮脇さんは、歴史通でも知られている。東大で西洋史学を専攻したのだから、頷くこともできるが、ある種のマニアである。『徳川家康タイムトラベル』(講談社 1983)や『室町戦国史紀行』(講談社 2000)がある。こちらの方はまだ手にしていない。
 わたしは、宮本常一や宮脇俊三の本で、トラベルを楽しんでいる。
 先日(2/3)伊奈平にある箕輪町の立派なホールで「なんでも鑑定団」の出張鑑定会が開かれた。飯田線は長いだけで、過疎の町が続くとばかり思っていたが、人口は25000、かなりのものだ。
 ところが鉄道マップで駅名を探したが、ない。ハルキルーペで目をこらしたが、見つからない。そうか、東京からは中央自動車道だろうと思ったが、そこで興味が失せた。
 新宿から中央本線でいって、伊那谷を下ったコースを箕輪まで行くのが最短コースかなというのが、楽しい。が空想だ。
 4 鮎川哲也『宛先不明』(光文社文庫 2010)をネットで購入。「鮎川哲也長篇推理小説全集」や講談社文庫はもっており、それで読んだ。だがどちらも活字が小さい。それに光文社文庫は解説が山前譲で活字が大きい。これで三読するためだ。
 その山前さんに、「鮎川哲也論」の執筆を依頼し、快諾いただいているが、生誕一〇〇年目の今年、まだ音沙汰がない。わたしが山前さんの鮎川論・決定版を最初に読みたい一人である。
 鮎川は締め切りを守らなかったというか、守れなかった。締め切り日に書き始めるという豪傑(?)もいるそうだが、鮎川はそうではなかったそうだ。
 何度も書くが、わたしの素人目から見ると、鮎川はミステリの王道をいった作家で、江戸川乱歩や横溝正史とは異質な作家だった。英文に翻訳しても通じる作家で、ひいき目ではなく、鮎川が心酔しているエラリ・クイーンよりはるかに面白い(エキサイティングな)大きな(サムシング・グレイトな)作家である。