読書日々 1014

◆201126 読書日々 1014 『「重層的非決定」吉本隆明の最終マナー』
 木枯らしが吹く冬季節のまっただ中に突入した。
 昨日、床屋に行った。厚別でもっとも古い「店」(理容おおさか)で、昔は隣同士、曽祖父・祖父・父とわたしの四代が通ってきた理髪店だ。当代の店主はわたしより三年下だが、コロナ下、久しぶりの散髪だ。はからずも、三年先輩の南さんにお目にかかった。
 1 NHKtvで愛観している番組に、「歴史ヒストリア」がある。といっても主題はアマチュア向きだが、11/25の「日本誕生」は、その発想が面白かった。日本誕生=「日本書紀」(神話創作)=藤原不比等(作者)というアイデアを、日本古代史の新研究を踏まえて論じようとするものだ。とくに面白いと思えるのは、馳周遊『比ぶ者なき』(中央公論新社 2016)を最近手にしたからだ。
 日本の最初の正史は『日本書紀』だが、神話から始まる皇統譜がこの書から生れた。
 「歴史」とは『史記』がそうであるように、「書かれたもの」のことだ。藤原不比等は、藤原鎌足の子で「史」(ふひと、後の「不比等」)のことだ。本書は、史が、天武の妃で、女性最初の天皇となった持統天皇の孫=軽皇子を皇位に就けようとする物語だ。ではどんな「神話」を創るのか。実体的にいえば、蘇我(大王)家の歴史を簒奪する。神話は、高天原を支配する天照大神(男帝)を女帝に変え、持統天皇を天照大神に比定するというものだ。日本神話の誕生である。
 二つのことが興味深い。
 1. 日本最初の「天皇」を名乗ったのは、天智天皇(中大兄皇子)である。中大兄皇子がクーデタで蘇我氏から王位を簒奪し、近江(大津)宮で即位した。その近江朝を「壬申の大乱」で破って、飛鳥朝を立てたのが、天武天皇(大海人皇子)である。天武の死と、それに続く忍壁皇子の死によって、天武の妃であり忍壁の母である持統(讃讚良皇女)が皇位に登った。
 2.このとき、持統を天皇にすべく舞台をしつらえ、続く忍壁の子軽皇子を皇位に就け、新しい皇統譜(神話)を創り、万世一系の天皇史=『日本紀』を史んだのが、藤原不比等であった。同時に藤原氏が政治(経綸)を制する。
 日本の古代史ばかりでなく、近現代史もどんどん改まってゆく。実に面白い。時代小説の威力もそれに与っている。
 2 新著『「重層的非決定」吉本隆明の最終マナー』(言視舎)が出来上がってきた。
 吉本さんについては若いとき大冊『吉本隆明論』(三一書房 1990)を書いたが、幸いな事に、ずーっと吉本さんの後尾を追い続ける事ができた。稀なそして幸運な事例である。
 司馬さんの作品に圧倒的な影響を受けたが、「ノモンハン事変」にかんしてはほとんど正反対の評価になったし、なぜ日本が「日英・米開戦」を回避できなかったのか、の原因も司馬さんだけでなく、山本七平さんの「空気論」で片付くはずもない、という結論に達している。日本の誤謬は、三宅雪嶺論でしっかり論じることが出来る(出来た)と愚考している。
 拙著の結論である。
〈吉本の最終思考法〔マナー〕である「重層的非決定」は何を語るか。
 ほかでもない「後戻り可能」な思考法だ。どんな危機、非常事に陥っても、リターン可能かつ解決可能な道はあるとする、「未来」に開かれた思考のことだ。
 だから「未曽有」で「前代未聞」な「事変」は存在しないという前提に立ち、解決の道を見いだそうという、ステップ・バイ・ステップでゆく、「開かれた思考法」だ。その思考原理が「多数の決」(デモクラシイ)である。「みんなで渡れば怖くない」や「朝令暮改」である。「試行錯誤」だ。
 何か、無責任でつまらないことをいっているように聞こえるだろう。そうではない、ということを三つの事例、「コロナを開く」「原発を開く」「国を開く」で、「非常時」がお好きな「言説」に「否!」の原理(プリンスプル)を明示しよう。〉(「はじめ」より) 是非一読を。