読書日々 1038

◆210514 読書日々 1038 はじめてコロナ陽性患者に出会う
 5月である。先週、長沼に赴き、旧宅の敷地内に群生する蕨を採ってきた。まだ走りで、だがかえって軟らかいのがかなりとれ、食味を楽しむことができた。ただし野草はうまいが、アレルギー体質のためか、多少とも体が痒くなる。でも、蕨のうまさに抗するのは難しい。酒の肴に最適なのだ。
 1 ひさしぶりに、5枚半、3回の注文があった。本当に、きちんと稿料が決まったものは、お久しぶりである。やはりうれしいね。
 わたしは処女著作以来、つねにテーマをもって書いてきた。それを書くことを中心にしてきた。
 そんななか、長篇も、連載も、エッセイも、人生論風なのも、主として、編集者からさまざまな注文があった。そのつど、どんな注文にも応えようとしてきた。自分のテーマに準じたものから、一見、大きくはずれると思えるものも、むしろ好んで書いてきたと思える。
 ところが一緒に仕事をしてきた編集者が、きれいさっぱり「現役」を退いた。パタッと注文がなくなった。こういうわたしも「現役」とはいいかねる。でもまだ「退役」とはいいたくない。「生涯現役」とはいうつもりはないものの、「書く」ものがなくなったときが、「引退」である。書きたいテーマはあるが、それをこなす力というか、執着心(tenacious of purpose)がなくなったら、おしまい、だろう。
 自分では、「力」はまだある、少なくとも残っている、と思いたいが、妄執に近いのかも知れない。
 2 今も昔も、お会いして、話しをする、という人は、親類縁者、近隣ともに少ない。年を取ったから、というわけでもない。というか、他人の家を訪ねるのは、昔から皆無に近いといっていい。
 この性癖は、「書く仕事」を生活の中心においてきた結果でもある。書く(読む)のは「自室」に決めてきた。そして他人の家を、近親者を含めて、訪れることは慎重に避けてきた。「土足で他人の家に入る」ということを恐れたためもある。そんな「殊勝」なこころがけなどお前にあったのか、と半畳を入れられると、抗しようもないが、事実である。
 ところで、そんなわたしだが、このコロナ禍中、近隣あるいは縁者のなかで、はじめて「陽性」になった人にあった。わたしが部屋から出ないゆえでもあり、またわたしの住むところは人通りの少ないところでもあるが、はじめてなのである。さいわい二人は、すでに退院し、元気が戻りつあるそうだ。入院中、いちばん困ったのは「食事」で、病院食等があわず、痩せて、衰弱した、ということだった。
 3 やっておきたい仕事がある。わたしには、「自伝」めいた著作が、少なくとも2(+1)冊ある。
 ①『考える力の冒険 自分とつきあう哲学ノート』(PHP研究所 1994)
 ②『自分で学ぶひと  できる人、読みなさい。』(五月書房 1995)
 で、ともに「語り下ろし」をもとにしたものだ。
 ③『嫉妬の人間学』(潮出版 1999) これは「わたし」(というもの)を材料に、「嫉妬」を人性(Human Nature)論の中核におこうとしたものだ。
 ①②は、言い訳をするつもりはないが、あまりいい仕上がりにはなっていない。というか、まずい。いくどか書き直しを図ろうとしてきたが、この10年、奔命する課題があった。それにまずい下図からよい現物は生れがたい、ということでもある。それでも一種の「自分録」だ。直したい。残したい。焼き直しはきかないが、書き直しは可能だ(ろう)。
 ③はかなりいい具合に書けたが、編集者に気に入ってもらえなかった(ようだ)。
 福沢諭吉は、一見すると、率直でおおらかな人のように思えるかも知れない。その主著『学問のすゝめ』も『福翁自伝』も、一筋縄の人(シンプル・マインド)の手になるものではない。わたしが諭吉論を小説仕立てにしたのは、そんな理由があったからでもある。これは学生時代、D・ヒュームやアダム・スミスを教えられ、じぶんでも判読したせいでもある。