◆130524 読書日々 621
ああ、いいことが3つかさなった。それに春です。今年は遅かったが
5/17 拙新刊『父は息子とどう向き合うか』(PHP研究所 2013.6.6)の見本刷りが送られてきた。自作の新刊書を手にするときの喜びはちょっとやそっとで他に代えがたいうれしさを伴う。しかも本書は(phpにはにあわず?)装幀も落ち着いたばっちで、手触りもいい。
もちろんまずは中学を迎える息子をもつ父親に読んでほしいが、当の中学生にも、とりわけ母親にも読んでほしい。編集の大久保さんの企画で何冊も出すことが出来た。が、一番売れ反響もあったのが『「やりたいこと」がわからない人たちへ』(PHP文庫 2001)でたしか10万部をかなり超したのではなかったろうか。『大学教授になる方法』とともにわたしのベストブック、ベストセラーブックになった。一生の宝とよんでいい。その続篇という性格をもっている。
5/20 ようやくのこと『日本人の哲学Ⅱ 文芸の哲学』(720枚)を脱稿することができた。村上春樹から『風土記』まで日本文芸の「宝」を探索する「旅」が3年余を費やして終わった。最期は菅原道真の漢詩文に手こずったが、『新唐詩選続篇』(岩波新書)の白居易「長恨歌」を読んで踏ん切りがついた。道真は、自分以外を無能・低能とみなし、自分を批判したり評価しない人間を撲滅して当然の「敵」とみなす、いけ好かない官僚政治家で、宇多帝の寵愛をいいことに「独断」政治を10年間も続けたのだ。かつて藤原基経に阿諛追従の詩を書き、中央政界にデビューしたのに讃岐の国司に任じられたのを「左遷」と見なし、「正義」に名を借りた落胆と恨みつらみがない混ぜになった詩を書いた。最期に絶頂から太宰府に「流刑」になったさい、死後にたたり神になったといわれるほどに身も世もなく「敵」を恨み世を呪う詩を書いている。東大法学部を一番で出てキャリアの道を歩み次官となり、政界でもトップになるべきだと思い込んで、あえなく失墜する秀才と五十歩百歩の人間である。こんな詩人の作ったもののどこがよいのかわからなかった。たしかにとんでもない独善家の作品にも、いいものはある。だが道真のような「法家」にとうて生まれるとは思えない。白居易の「長恨歌」と隔絶した詩であることに納得できた次第だ。
2012~13年にかけての冬はこの原稿にかかりっきりで(といえばオーバーになるが)、2月には足の筋肉が衰え痛みで立ち上がるのさえ苦労するありさまになった。ススキノをよろよろとさまよい歩く自分の姿を「実見」するのはつらかったが、雪が溶け戸外に出て歩くことができるようになり、そして何よりもこの原稿を仕上げることができて、気分もしゃきっとした。山を越えた「ユンニの湯」に一年ぶりに浸りながら、やはり長かったなと振り返ることしきりである。これで大きな山を越えた、残りも踏破出来る確信がわいてくる。
5/21 わが家の染井吉野がようやく花を開いた。山桜の幼木(?)のほうは全開で、花はまばらにしかつかないが、それでも心が浮き立つ「春」なんのだ。それに山菜の季節になった。わが家の敷地のアイヌネギもコゴミももう終わり、フキが全盛期を迎えつつある。ワラビがでると初夏だ。
5/24~26、ひさしぶりに「海外」に行く。といっても伊豆七島の神津島(ジュリア祭)にだが、東京竹芝桟橋から客船で12時間かかるのだから、立派な渡航旅だろう。そうそう成田からミラノへの直行便とほぼ同じだ。パソコンはもたず、暇な時間は村上春樹の新刊を読んで(書評のためもあるが)、コーディネータの及川さんとともに巡礼仲間の岩崎、キヨ、ユキさんと長閑の旅を味わいたいものだ。帰りは板室(温泉)に寄りたかった。だが、そうそういっぺんに贅沢はむりと思え、あまり遅くない機会にまたということにした。たしか温泉が効く躰になったようだ。ユンニの湯にいって、躰が温泉を要求していることを実感。
5/23 今日上京するので、1日早く掲載する。