読書日々 1104

◆220819 読書日々 1104  娘家族が帰省
 涼しい日が続く。じつに気分がイイ。
 1 「夏休み」は、常に心が躍った。というのも、小学入学の6歳から大学退職の72歳まで、「学校」を仕事・研究・勉学の場としてきた者には、この期間こそが、自分本来の「仕事」が可能な待望の季節だったからだ。
 特に、33~41歳までの三重短大時代、休みになると家族(女房と子供3人)を郷里に帰省させ(してもらい)、寝る間も惜しんで(といったら嘘になるが)、発表する当てもないが、いつかは完成させたいと思って、ノートと素稿作成に熱中した。
 そのクセは、いまでも続いている。夏になると、むしろ冬眠中の熊のように、ほとんど外に出なくなる。わずかに、3~4日に1度、すぐ近くのコンビニに、ピースのライトと氷を買いに行くぐらいだ。あとは疲れたらベットに横になったり(というか、気づくと横になっている)、TVを観たり、それにアルコールをたしなんだりで、このルーティン(?)は、退職以前もそして以後のこの10年も、ほとんど変わらない。ま、夏休みシーズンは、特に部屋にいる時間が長い。
 今シーズンもそうだ。ただ娘家族(娘+孫娘2人)が、半月ほどの休暇を取って帰省してきたので、雰囲気は多少違う。といっても、わたしの部屋は別離されているので、たまに顔を合せるだけだが。
 2 関川夏央『おじさんはなぜ時代小説が好きか』(岩波書店 20060221)を読み終わった。トイレ本としてだから、時間はかかった。もちろん、おじさんでない方に読ませたき本だ。
 力作というか、自分の言いたいことを明解に言ってのけている。ただし、「時代小説」を主題にしているから致し方のないところだが、森鴎外の「欠陥」なども指摘して欲しいな。
 関川(1949~)は、団塊の世代で、その世代の作家のなかでは、以前に一度書いたが、多少とも愛読してきた作家である。というより好きな物書きだ。
 『汽車旅放浪記』新潮社 2006 この人の気車旅記は、ペダンティックがなくて、いい。アンデスの気車旅も観た。高いとこは苦手なので、観るだけでいいが。
 『「坊っちゃん」の時代』全5部 谷口ジロー画 双葉社 1987~97 これは、私などが太鼓判を押さなくてもいい作品だ。
 3 学生時代(60年代)、大阪と札幌の鉄路は、青函連絡船で分断され、大阪から青森までの唯一の直通は、急行日本海だった。60年代に特急寝台車に格上げされ、直通は日本海になる。ただし大阪から札幌までの最短列車は、新幹線と常磐・東北線を経由する列車(?)で、帰省時、多少の蓄えがあるときは、東京(深夜映画で一泊し)経由で帰った。最も安く速かったのは、伊丹・羽田(・三沢)・丘珠の東亜空港便だったが、早朝4時頃着だったので、母に車で迎えに来てもらうほかなかった。その頃の東区は、真っ暗閑、一面がタマネギ畑で、むせかえるようなド田舎だった。
 汽車の旅は、退屈だったが、一言も喋らず、蒸気機関の煤煙まみれには苦しんだが、ぼーっと窓の外を眺めて、半ば眠っているような感覚に浸っていた。退職して頻りにひたすら電車やリーゼルの各駅停車を乗り継ぎたくなる「無意識の欲望」は、学生時代の名残なのか、と思ったりする。もっとも、私は書物で汽車旅行するのも、TV画面でトラベルするのも、欠かしえない趣味の一つだが、視力がひどく落ちてきたので、鉄道旅、車窓旅はどうなるのかな。でも、各駅停車に揺られ、新潟の村上で降りて、船で粟島にわたって、数週間滞在なんぞは可能かな、といまでもときどき考える。
 粟島は、日本海沿線を旅していると、寝ぼけていると佐渡と間違える孤島で、気になる島だ。人口340人というから、かなりなものじゃないの?