読書日々 628

◆130712 読書日々 628
板室温泉・大黒屋の夏は暑いが涼しい
 *すでに板室で8時前に仕上がっていたが、送信システムの不備(?)で遅くなった。ど素人のままで、我ながらあきれている。

 7/8 11:20分に家を出た。順調に羽田に着いたが、猛暑である。くらっときた。移動はタクシーにする。東急イン浜町明治座前が、今日明日の泊まり。3:00についたが、チェックインが4:00とは。しかし今野敏の新刊『隠蔽捜査5』を移動中に読んできた。待ち時間でちょうど読み切る。マンネリは否めないが、相変わらずシャープである。「国事」に奔走する警察官僚(キャリア組)のいつもの仕事=難事件と、2浪の息子の受験に悩む「私事」との釣り合いがいつものようにはうまくとれていない。でもこのシリーズ、警察小説でいちばんか(といってもそれほど読んでいるわけではないが)。
 7/9 12:00までに部屋を出ないと、掃除ができないといわれる。部屋は狭い(?)し、ベッドとの釣り合いも悪く、ようやく歩き回ることができるていどのスペースしかない。12時、明治座前で今日の主催『理念と経営』の編集長、背戸さんとあう。昼飯にそばを食べる。これがうまかった。130年の伝統といわれて納得。
 対談は2時、帝国ホテルである。相手の山口周三さんは、わたしより2週間年上、建設相の審議官を務めたキャリア組で、熱烈な南原繁の信奉者である。70を過ぎて1000枚以上の南原本を出された。南原は、丸山真男の先生で、終戦直前に東大学長になり、戦後アカデミズム界で大きな力を振るったひとである。讃岐と阿波の境界近くの僻村に生まれ苦学した南原の青少年時代はおもしろいが、わたしたちの時代まではそういう青少年がごまんとはいわないが、かなりいた。
 南原は内務省に入り、のちに東大法学部に助教授で引き上げられ、研究論文なしで教授になった。主著は戦前1冊、生涯で3冊。内村鑑三に教化を受けたクリスチャンである。内村は「狂信者」の部類に属するが、それと南原の取り合わせがよくわからない。それでも、対談は山口さんの真摯な議論に、忌憚なく「反駁」(?)を加えることができた。気持がちよかった。対談後、ホテルのカウンターで、背戸さんを交えて軽くやったが、そのご山口さんに誘われてかなり飲んだ。結構な店だったが、広いスペースに2組しか客がいなかった。時計を見ると8時を過ぎていた。タクシーで水天宮の寿司屋に電話。中沢千磨夫さん推奨の店で、一度いけといわれた。店に着くとタレント(?)らしき人たちが狭い店の席を占め、大音響で話す。聞いていてばからしくも楽しかったが、寿司を味わうというような雰囲気ではなかった。それでも3杯飲んだか。どっと疲れが出て、近くのホテルまでタクシーに乗った。
 7/10 ホテルから東京駅行きのホテル専用の直行バスに乗る。こういうところはサービスがいい。10:20の新幹線には間があったので、そば(せいろ)を食べるが、こんどはまずかった。というか、水が切れていないのだ。ここは難しいところで、さいごの仕上げに手を抜いているということだろう。自由席に乗ったつもりで、70分近くぼんやりと車窓を眺めていたが、那須塩原駅の近くで検察に来られ、そこは指定ですよと注意された。しかし追加料金は取られなかった。駅には相変わらずサーブの真っ赤な車で、おかみのみよ子さんが迎えに来てくれている。途中、カフェの「のびる」によって、ビールとドライカレーを食べる。ここはどれも安くないがうまい。ひさしぶりに店のご夫婦に挨拶できた。
 大黒屋は、わたしがいうところの「奇跡の温泉宿」だ。数年ぶりの来訪で、また一段と景観がよくなっている。ご主人が丹精している庭木が美しく成長したからだろう。この春過ぎから、10数年来のかゆみがカラダから抜けていったような感じがしていた。まだ安心はできないが、ゆっくり風呂につかる余裕が70を過ぎてようやくできてきたのだろうか。静かな「秘境」(?)の温泉で、流れてゆく時間を酒と本ですごすことができる。宿の図書室にある書棚から、谷沢永一『知ったかぶりの日本史』(PHP)、『司馬遼太郎アジアへの手紙』(集英社)、池波正太郎『男の作法』(新潮文庫)という既読の3冊を抜き出して楽しんだ。日本史好きの山口さんには、谷沢先生の本をぜひにもおすすめしたい。
 7/12 9時半にこの宿をたつ。ただしここはわたしのインターネットシステムが作動しない。昼、飛行機を乗るまでには、みなさんの目に触れるようになると思える。などというが、多少の遅れはどうということもないでしょうが。