読書日々 629

◆130719 読書日々 629
「ワカタケル大王」ってだれ? 尖閣なんて小さい小さい、ですむか?
 7/18、NHKBS歴史館は、よく観る。「シリーズ 古代史ミステリー(2)」は、安彦良和が出演するというので録画した。あの『虹色のトロツキー』や『イエス』という傑作を描いただけではなく、『ナムジ』や『神武』をものした安彦は、番組ではただのお客さんで、ほとんど話題に参加しなかった。問題は稲荷山古墳や船山古墳から出土した鉄剣銘にある「ワカタケル大王」(ワカタケルは「漢字」)である。この謎の大王の比定が問題なのに、出演した歴史家(?)の松木武彦、吉村武彦はともに古墳時代を5世紀、「ワカタケル」を雄略(=倭王武)とする「定説」を前提に論じるのだ。看板の「古代史ミステリー」の謎解明が、聞いてあきれるのではないだろうか。
 学問は歴史という土壌の上にはじめて花を咲かせることができる、哲学は哲学史を媒介にしなければならない、というのがわたしのごく当たり前の主張である。司馬さんがほとんどえがかなかった日本創世記にだって、黄色いくちばしを挟むことを控える必要はないと考えている。『日本人の哲学1』(2012)では『日本書紀』論をさえ書いている。
 かつて『歴史を考える技術』(PHP 1995)で、石渡信一郎氏の古代史をモデルに、わたしなりの古代日本像を書いたことがあるのだ。急いで石渡さんの著作や拙旧著を引っ張り出してみた。
 石渡さんは、ワカタケルを欽明(=蘇我馬子=聖徳太子)に、したがってその時代を6世紀に比定している。蘇我氏(稲目→馬子→入鹿→蝦夷)は「中」(大兄=皇太子?)に滅ぼされ、さらには中→天智天皇(初代天皇)と弘文天皇(第2代)を討伐した大海人→天武・持統の『日本書紀』によって消された「大王」家で、ヘッドハンチングされて百済の王家から渡来した。百済の滅亡と日本の建国はメダルの表裏なのだ。
 と、これだけを納得のいくように説明するだけでも、石渡さんは10余の著作を書かねばならなかったし、わたしでさえ石渡さんの背に乗って1冊書かなければならなかった。ただしわたしは歴史の「真実」を求めて論を展開するということに力点を置くのではなく(しようとしてもできないが)、筋のとおった日本建国時の歴史イメージを持ちたいためである。その後、世界史や日本史の統一像(筋のとった全体像)を描こうとする岡田英弘さんの著作から学ぶこともあって、石渡説と岡田説は根本的に矛盾がない、と考えるようになった。
 安彦さんは、『ナムジ』や『神武』から推すと、おそらく日本古代期、東国=埼玉(行田)稲荷山古墳にも、西国=熊本(江田)船山古墳にも、有力な王家があって、大陸・半島から「渡来・輸入」し土着族と混合したした大王家と「連携しつつ拮抗」していた、と考えているのではないだろうか。
 ぱらぱらと自著をめくっていると、古代史の改訂版を出したいという思いが募る。こういう思いにとらわれると、いまやっている仕事が中途半端で終わってしまうのではないか、という危惧も湧く。それなら、75まで(あと3年半)生きるといわず、最低でも2020年の東京オリンピックを観て死にたいということになり、さらにさらに奈緒(孫)の成長を観て死にたいものだ、という欲も出てくる。まずいね。ベッドに入って、ひさしぶりに道に迷って何時間もさまよう夢を見た。目が覚めたら、枕についてから1時間も経っていないことに気づく。さらにまずい。
 民主党政権下で中国大使を務めた丹羽宇一郎『北京烈日』(文藝春秋 2013.5.30)を読んだ。伊藤忠商事で嚇嚇たる業績を上げた市場開放論者の自説を展開した書だが、丹羽は「売国奴」というきつい怒声を浴びている。内容は仕事=書評で素描したが、ビジネスとポロティカル・エコノミーの違いというか、齟齬というか、北京なしに日本のビジネスは成り立たないが、日本なしに北京の経済やビジネスも成り立たない、だから政治摩擦を起こさない方がいいというものの、北京が仕掛けてくる政治軍事摩擦をどう跳ね返すのか、跳ね返すことができるのか。これが問題で、尖閣問題は、巨大な日中ビジネスに比べ、当面何ほどのことがあろうか、政治外交摩擦なんぞ起こすべきではない、という丹羽の主張では、相手次第ということになる。領土を巡る国家と国家の関係は、丹羽の主張、ちっぽけな尖閣などに、北京さん、かかわっていても何の得にもなりませんよ、と問い質してみるだけで、納得をえることなどできない、ということが鮮明になろうというものだ。