◆読書日々 231013 1614 独歩系・日下公人 1 このところ、この日記を書くのをよく忘れる。金曜日、朝起きたとき、すっかり失念しているということがしばしば起るのだ。記憶力の低下は、81歳を過ぎたのだから、蔽うべくもない。嘆いているわけではない。自然現象である。それに暗記力はもともとよかったわけではない。というか、「暗記力に頼らないのだ」と子供の頃から自分に言い聞かせてきた。不遜にも、「記憶」に残ったものだけが重要なのだ、と見なしてきた。暗記力と記憶力は基本的に異なる、と思えた。ものを書くようになってからも、そんな主旨のことを書いてきたように思える。それでとんでもない「失敗」をかなりの数おこした。あれもあり、これもある。母を東京駅のホームで数時間、寒風の吹きっさらしの中に置き去りにしたことなどもあった。こちらは伊賀で、あちらは東京である。…… しかし、最近もっといたく気づくのは、「記憶力の迷妄」より、「短絡」力の衰退である。ポアロが、「初見」で犯人に気づいてしまう、あの「ショートカット」の力だ。曽野綾子が「女の勘」と豪語した力だ。機械は、例え「電脳」であれ、量子コンピュータであれ、ショートカットは出来ない。全部「計算」の結果を踏まないと、「解答」に達しない。ショートカットに負けないくらいの「超速度」であっても、ゼロではない。 その「ショートカット」というか、「勘」が、この81歳にはまったく頼りにならないのだ。 昨日、急に司馬遼太郎の『箱根の坂』を読みたくなり、2階の旧事務所にある、愛蔵書だけの「書庫」から全集を引っ張り出し、裸眼で読みはじめた。初読の「記憶」が甦ってくる。しかし、司馬の、なぜこの最後から二番目の長編小説が読みたくなったのかは、まだまだうっすらとも、「ピーン」と来ないのだ。うろうろしてしまう。 でも、目を凝らして読みはじめると、最後の小説、『疾風韃靼録』同様、なぜ司馬がこんな風変わりな小説を書いたのかの道筋が開かれるような気がしてくる。わたしは司馬が「最後の最後」の「小説」と執着したノモンハン事件を書けなかった、「カン働きが出来なくて」書かなかったことを多とする。 2 独歩系・日下公人(18 中外新聞連載) ●はんなりと、恐ろしいことをいう 日下公人(1930- )、「くさか・きみんど」だが、普通「こうじん」といわれている。兵庫県生まれ。東大経済学部を経て、日本長期信用銀行にはいる。同期に、竹内宏がいるが、日下より数ヶ月年長。同じ分野を歩いてきた。竹内が『路地裏の経済学』なら、日下は『文化産業新地図』と、二人とも意表をつくエコノミストの切れ味を示し続けている。そして年齢の差そのままに、つねに竹内は日下の一歩前を歩いてきた。日下は決してことを荒立てない。竹内の前に出ようとしなかった。 ところがどうして、何が幸いするかわからない。ご存じのように長銀は「破綻」の憂き目にあった。竹内は、長銀総合研究所の理事長、やはりのこと「破綻」の弁解をし、恨みがましくいわなければすまない性格らしい。日下は自ら開いたソフト化経済センターの理事長。長銀破綻などと一度も口に出さないで、日銀券を信用していいの、紙屑になると思わないの、などと恐ろしいことをすっと言ってのけているのである。日下は独歩の人なのだ。 『新・文化産業論』(一九七八年)いらい、日下の本はずいぶん読んできた。はっとするものばかりだ。その発言は、こんな大事な材料を、いとも簡単にいってしまっていいの、もったいなくないの、といいたくなるほど、卓論名言に満ちている。「日下辞典」があってもいいだろう。 この人の議論には、私憤ばかりか、嫉妬のひとかけらも感じられない。この点で、エコノミストとしては希有な存在だろう。空前絶後かもしれない。それに威張るところが全くない。公達が下世話なことに打ち興じて乱れない、という風なのである。 しかし「公人」である。どんなに柔らかくいっても、私人の法螺話とは違う。リフレーンではない。つねに新鮮だ。内容はハードで、ストロングマンのそれだ。『人間はなぜ戦争をするのか』(クレスト社)や小室直樹との対談『太平洋戦争こうすれば勝てた』(講談社)などは、なまじの人が書いたなら、際物本になりかねないテーマだが、内容も論じ方もじつに正攻法なのである。正面突破ということだ。「開戦前、なんと日本に石油は十分あった」といわれたら、あなたならどう反応するだろう。「あんな無謀な戦争に突入して」などと簡単にはいえないのである。 それに語り口が何ともいい。文の人だ。平俗調で短くシャープに論を畳む。気張りがなく、聞くものの感情の襞に染み通るような話をする。日下は、生来が教育者なのか、日本人の欠点を熟知しているが、それを言い募ってなにごとかを主張しようとしない。欠点の是正法をかならず提出する。提言屋さんだ。それに励まし屋さんだ。励ましにも二種類あるが、お節介ではなく、こうすれば糸口がつかめますよ、とそっとお勧めする。そして、勉強ぶりを決して見せない。こんな気配りのいい関西人は少なくなったのではないだろうか。(*日下はまだ93で「健在」、驚くべし。)