読書日々 1615 豪傑系・栄陽子

◆読書日々 231020 1615 豪傑系・栄陽子
 1 札幌で、冠雪するのが最も早く手に取るように見えるのが、手稲山(1023m)だ。
 しかし、あっというまに晴天変じて猛吹雪となり、スタッドレスタイヤを履くいとまも与えず、車の足を止めてしまうのは、中山峠(835m)である。札幌と喜茂別を結ぶ古くからの要路(本願寺街道)だ。
 少年期、ほぼ65年近く前、季節は真夏だったが、何かの弾みだったのか思い出せないが、この舗装前の七曲がりの「峠」を「三輪車」の単独運転で越えたときの恐ろしさは、いまでも思い出すと体が、脳髄が震える。その、いまではきれいに舗装された中山峠が、今週、「風雪」に襲われた。あの峠の風と雪は、車体を巻き上げるような強さがある。だが停車しようとして、ブレーキを緩く掛けても、車行コントロールを失わせる「魔」の間道だ、とわたしなどは運転をやめたいまでも、脳髄に焼き付いている。
 2 新刊書が出来上がったと、言視舎の杉山さんからメールがあった。
 1975年、最初の単行本を出す幸運にであう。1991年、『大学教授になる方法』がベストセラーになった。すでに「バブル」は急速にしぼんでいたが、「出版バブル」は、10年生き延びた。わたしもそのおこぼれを頂戴した格好になる。その中を出版「革命」が進行していた。「紙」の媒体から「光」通信時代への移行である。編集者に直接会わなくても、メールで、注文も、原稿のやりとりも、校正から出版までOKという時代が急速に進行した。
 そして「物書き」の「概念」が変わった。司馬遼太郎や松本清張、吉村昭さんのような、手(万年筆)と足(取材)で「史料」と「事蹟」を追う「作家」から、パソコン一台を携えて、ほぼ単独で調べ書くスタイルのライター(作家)、村上春樹や千葉敦子、林望や柄谷行人への変移である。
 わたしは、その両方を経験した。「家」が研究室兼書斎になった。それは「家」が茨木、上野、厚別、長沼、厚別と移動しても、変わっていない。
 3 豪傑系・栄陽子(19 中外新聞)
 ●豪傑女の真骨頂
 田辺聖子(大阪福島)、河野多恵子(大阪西道頓堀)、有吉佐和子(和歌山)、富岡多恵子(大阪西淀川)の作品にいくぶんなりとも目を通した一人だが、その作品とは別に、彼女らはその人生の奇跡を横目で見るだけでも興味津々たる豪傑揃いである。
 共通するのは、男勝りの胆力ではなかろうか。といっても、アーム(腕)ではなく(ヘッド(頭)の力であろう。頭といっても、言葉の力であって、ちよっとソウル(霊)に近いものだ。例えば、きついことをきつくいうのが有吉で、そこに凛とした緊張感が走って、常人を蹴散らす。きついことをはんなりというのが田辺で、常人を引きつけるが、後からじわーっときいてくる。
 男勝りの胆力といえば、正真正銘の人がいる。栄陽子(1947-  現役)、アメリカの大学留学へのカウンセリング、斡旋、アフターケアを扱うエージェント会社、栄陽子留学研究所を主宰している。送り出した留学生は五〇〇〇人(1994現在)。とにかく身も心も大振りな人だ。
 留学斡旋業というのはいまではごく普通のビジネスになっている。ところがこの人、単身アメリカ留学を終えてすぐ、一九七二年、二五歳の時、東京で留学研究所を開設してしまう。この業界の文字通りのパイオニアであった。ということは、前例なし、未経験、しかも金主に逃げられて資金ゼロの状態から、まったくのお嬢さん商売が始まった。ところがこの人のすごいのは、やったら最後、虚仮(こけ)の一念というところ。成り立ちゆくためにはコネであろうが親の懐であろうが、七光りであろうが、全部動員して、事業を軌道に乗せてゆこうとしたところだ。そのバイタリティたるや、まさに男を蹴散らす勢いだ。
 しかし栄の一番の力は信用力、つまりは人間関係の力であろう。最も力を注ぐのは、クライアント(留学生)を親身で世話するスタッフの充実と、受け入れ先との連携である。送り出せば、ビジネスになりさえすれば、グッドというのではない。
 カウンセリングの基本は、留学生に無理なく卒業できる大学学部の紹介だ。一寸背伸びすれば「有名」大学に留学できるだろう。しかし、卒業は至難である。アメリカの有力大学は授業料が高い。授業が厳しい。有名ではなくとも、高額で有力な大学を勧める。そういう大学は予備校並に激しい勉強を課す大学だ。留学の成果はぐんと上がる。栄は、留学して英語がしゃべれる程度になるならばよし、とする留学生をターゲットにしない。
 したがって、栄の留学研究所のカウンセリング料は標準よりかなり高い。それだけの見返りがある、と自信を持って算出した額だからだ。日本では、相談はタダ(ボランティア)だと思っている人が圧倒的に多いが、情報社会である。情報こそが代価を生むのだ。
 栄はモーレツ人間だ。やるなら一番になる、といいきる。これが、奈良市生まれで帝塚山女学院出身のお嬢さんだというのだから驚く、といいたいところだが、本当のお嬢さん育ちには、負けん気の強い、底力のある人が多い。関西人特有の、有言実行型といってもいい。