◆140523 読書日々 673
平成史が必要な時期になったのかな
1 2日に1回の割合で庭の縁一面に生えてくるワラビを採っている。中腰で採るので、腰が痛むが、アクを抜いて刺身状態でも、煮付けにしても、これがおいしい。酒のつまみに最適だ。ただし老人二人が食べるのだから、消化がはかばかしくない。このワラビ、日当たりのいいところにいつの間にか群生するようになった。
この時期、田に水が入って、田植えになる。30年前には、眼下に広がる石狩平野が巨大な湖になって、鈍い光を放ったものだが、いまは3分の1の広さに縮小してしまい、かわってビニールハウスが大手を振っている。それでというわけではないが、にわかに野菜がおいしい季節になった。とくに糠漬けの漬け物がたまらない。
2 『日本人の哲学3』、政治・経済・歴史の哲学のゲラが出てきた。ゆっくり校正をやっているが、ときに推敲が足りなくて、文意が乱れているところに出会う。まいる。
推敲は、書いた直後、書き継ぐ直前、そして節や章が改まった時、脱稿後、と合計4回はしているつもりが、むしろ快調にキイをたたいている時に抜け落ちてしまうときがある。決まって1文章が長くなり、主語が飛んだり、自動文が途中で受動文になったりしてしまう。それに500頁になるのだから、文の調子がどうしてもテーマや時代が変わると、変わりがちになる。
それにしても岡田英弘著作集は読みやすい。判型、活字のポイント、行数、ページ数もほぼ拙著『日本人の哲学』と同じなのに、開きやすくすらすらと読むことが出来る。もっとも著作集である。既刊本たとえば『日本史の誕生』(弓立社)はさして読みやすくはなかった(はずだ)。リーダブルなのは、著作集のとき、書き直したせいでもあるだろう。
3 推敲は削れば削るほどいいという人がいる。そんなことはないのだ。削ったり足したりする割合が同じというのが、具合がいいようだ。その点、削除、追加自由なPC(ワープロ)が具合いい。ただし、なにを加え、どう削除したのか跡形もなくなるから、寂しいというか苦労の跡が消えてしまうので、残念感が残る。
大阪市立大の森信成先生は、ボールペンで原稿用紙が破れるくらいの筆圧で論文を書いていた。ときに「今度のは心血を注いだ、それが筆圧に表れている」というようなことを仰っていた。ことほどさように、自分の苦労の跡を示したいと思うのが人間である。物書きである。すらすらと書いたからといって、内容、形式ともに悪文の証拠にはまらない。そういえば漱石の新聞小説、書き直しはほとんどなかったそうだ。司馬遼太郎の校正は、原形が残らないほど削除と追加が激しかったものの、原稿用紙1枚の字数は同じだった。人さまざまということか。
4 平成はすでに四半世紀になろうとしている。昭和天皇崩御のとき、社会主義が崩壊し、日本ではバブルが頂点に達して、直後に崩壊した。時代は消費資本主義へ本格離陸したときで、政治経済文化等どの分野をとっても革命的転換が要求されるときに当たっていた。ところが日本人の多くは未来志向をネグレクトし、「黄金の60年代」などという捏造をしゃべり散らす手合いさえ現れた。
わたしたちの学生時代はまるまる60年代だったが、大学入学式の服は高校時の制服であった。その制服を脱いだのは、東京オリンピック後である。物持ちがよかったというより、貧しかったのだ。
大阪の阪神百貨店の2階に大ホールのバイキング料理店が出来た時は、長蛇の列が出続けた。すぐに東映会館にも同じような店が出来、大繁盛していた。とにかく肉が腹一杯食べられるなんて、想像だにできなかった時代だった。といっても、腹一杯食べてもいい、といわれると、かえって食べられないものだ。その経験もあって、食い放題、飲み放題が苦手というか、御免ということになった。平成史も書き残したいね。