◆240510 読書日々 1663 発展論 矛盾こそ発展の根拠である
なんとか、「藤原不比等と紫式部 日本創建と世界文学成立」に目途をつけることが出来た。
なにせ、不比等の前半生は、「陰」のごとく、後半生は「光」のごとしなのだ。その「道」が開けたのは、天武の死後、持統「称制」時代に入ってからだ。持統天皇「誕生」の図を描き、「日本紀」を編纂、大宝・養老律令を編纂・施行、首都平城遷都を実現し、藤原政権樹立の礎石をうち固めた。
特に注目すべきは、地方各地から参集した官吏とその一門(およし10万人を超える)が使う「共通語」の出現だろう。日本人としての連帯意識が生れる現実基盤であったに違いない。
そして、不比等の掌中の珠ともいうべき娘(非皇種)の光明子は、幾多の「反対」を押し切って、皇太子「妃」に、そして「皇后」から「皇太后」に転じてからは、周の皇帝=武后さながらに「権力」を「私」したが、皇統に混乱と皇統断絶の危機を招くに終わった。だが歴史は皮肉なものだ。
この争乱の経験あればこそ、「統治しても支配せず」という皇室伝統が「盤石」のものになった、ということもできる。
つまり不比等の「試行錯誤」があればこそ、チャイナの「覇道」とは異なる、「統治」=「象徴天皇」制という、日本独特の政治・支配形態が出来あがっていったのだ。
「源氏物語」は、「世界文学」の始まりを告げる作品だ。シェークスピアでもなく、もちろんバルザックやゲーテでもない。その作者紫式部は、「日本紀」などなんぼのモノでもない、と断じ、世界初めての「小説」を、それも大長編を書いた。その結構はどのようなものであったのか、これを明らかにしたい。時あたかも、「光る君へ」がNHKの大河ドラマで放映されている。面白い、というか、面白すぎる。……源氏は、モデルありの小説で、したがって時代小説である。尤も、勝っても現在も、「時代小説」というのは、材は過去にとっているが、「現代小説」である。だから、「痛切」であり、血も涙も出る。
△4 発展論 矛盾こそ発展の根拠である
日本は、建国以来、停滞はあったものの、右肩上がりに成長を遂げてきた。また国内が融和的で、国を滅ぼすような対立がなかった。「成長と融和」、これが日本の特長である。日本人として生まれた幸運である。こういって間違いがないだろう。
じゃあ日本は矛盾や対立のない微温的国なのか? そんなことはない。日本はなんども国家存亡の危機を迎えた。六五年前には大敗戦も経験した。だがみごとに復活をとげた。近くはオイルショックやバブルの崩壊があった。しかしそのつど乗りこえることができた。正確にいえば、むしろ困難や危機を奇貨とし、新しい成長のスプリングボード(飛躍台)としてきた。日本こそヘーゲル哲学を体現する典型国のように思える。
《矛盾は発展の推進力である。》これを思考の中心において自然と人間と人間社会の全現象を解き明かそうとしたのがヘーゲルで、史上ナンバー1の哲学者である。
アダム・スミスは、《私益の追求が結果として公益を拡大する(=国富をもたらす)。》と、レッセフェール(自由放任経済)を説いた。ヘーゲルは、この自由経済体制を豊かな富をもたらす「欲望の体系」とみなし、高く評価する。同時に、この欲望の体系を「調和社会」だとするスミスの考えを批判する。
《私益の飽くなき追求(=利得の獲得をめぐる無制約な競争)が、社会に、一握りの富裕層=有産者と圧倒的多数の貧困層=無産者とを生みだし、その両者の間に和解不能な対立を生みださざるをえない。》こういうのだ。私益追求の資本主義=自由市場経済の階級矛盾・対立を説き、その矛盾を解消するために「革命」を訴えたマルクスの先取りである。
エッ、矛盾はあってはならない。矛盾のないこと、安心と平和が素晴らしいことじゃないか。こういわれるだろうか? だが現実には、安心と不安、平和と戦争はまったく別に存在するのではない。表裏一体に同在するのだ。ヘーゲルのいうように、《矛盾とは対立物の同一である。》
ヘーゲルは《矛盾と対立(=困難と危機)の解決は、「矛盾する現実」それ自体のなかに見いだすことができる(=に内在している)。》という。
たとえばオイルショックだ。石油資源がない日本にとって、石油価格の高騰は致命的である。省エネがなければ経済停滞と破壊に直結する。生産と消費の全部門で省エネ技術の開発が至上命令となる。対して産油国のアメリカは省エネを必須と感じなかった。省エネ革新をはからなかった。オイルショック後の80年代、日米に経済格差が生まれた原因だ。その後、社会主義の崩壊で新しい現実=矛盾が生まれ、その現実に対応しなかった日本が窮地に追い込まれる。
矛盾は解決を迫る。ヘーゲルの思考は《解決できない矛盾はない。》と断じる。だがどんな解決もある特定の解決であり、その内部に新しい矛盾を含む。最初は萌芽的だがいずれ解決を迫まるものに拡大する。逆に、《矛盾がないところに成長はない。》正確にいえば、《矛盾のないものとは死んだものだ。ものの停滞や死は、その内部に矛盾と矛盾の解決を見いだそうとしない、現状に満足している怠慢な精神が生みだす。》これを逆にいえば、《危機(=矛盾の解決が迫られている常態)こそ飛躍のチャンス》でもあるということだ。
*難解でなるヘーゲルの主要著作は長谷川宏の新訳で容易に近づくことができるようになりました。私の『ヘーゲルを活用する!』(言視舎)は経営者のかたにぜひにも読んでほしい一冊です。