読書日々 1648 夏の入り口かな? 自作を読む? 

◆240621 読書日々 1648 夏の入り口かな? 自作を読む?
 1 わたし的にいえば、この季節=期間が、最も北海道らしい、と思える。ま、好きだ。1つは、湿度が高くなりはじめるからだ。生来の乾燥(敏感?)肌で、最も恐れたのは、知らず知らずに、肌をかくことだ。もちろん、恐れたのは「漆」蔓をはじめとする野草木だった。漆塗りの箸でかぶれて、一月余り白い塗り薬と包帯まみれになって、夏を過ごしたことを今も忘れない。長沼町の僻村に30年余り居を構えたが、なによりも恐ろしかったのは、野草だった。そうそう、桑の木もあったっけ。
 10数年、聖地巡礼の旅に伴って、欧州各地(ポーランドからスペイン・ポルトガルまで)を訪ねたが、ポルトガルで「被れ」その後遺症=乾燥肌に、今も苦しめられている。(ま、脳の中まで、痒くなるので、手の施しようがない部分もあるが。)だが、夏が来ると、大いに汗をかくので、慈雨ともいうべき汗肌到来。今が、その変わり目で、……。そういえば、高温多湿の関西生活23年、被れを忘れていたかのように過ごしていたのではなかったか? エッ、忘れただけなのかな?
 2 この「日記」は、どんどん、「自分」だけに向かって書いているような気がしている。「読書」日記と銘打っているが、新しい本に手が伸びることは少なく、「旧著再読」に近くなっている。TVで、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』にまつわる内容のものをやっていたが、村上春樹に促され読んだし、サリンジャーをネタに「雑文」を書いたことは覚えているが、内容はきれいさっぱり忘れてしまったというか、他の作品との境目が霞んでしまっている。そういえば、あんなにも熱中した春樹の作品も、「おぼろ」という状態になっている。(エッ、忘れたいのか?)
 この日記も、今日から、分量を半分にして、800字で行くことにする。といっても、すでに実質は、ずっと800字で、旧稿雑文を併載してきたのだったが。
 昨日、新稿『藤原不比等と紫式部  日本国家創建と世界文学成立』((言視舎)の初校ゲラを出版社に送付した。作者自身は、自分の作品を最も多く読む。普通3校、ときに2校で、創作中は、何度自分の書いたものを読み返すか。そして、忘れてしまう。というか、「忘れたい」と思えるほど、次作を多読する。