読書日々 706

◆150109 読書日々 706
「ビブリア」(本)は「バイブル」、栞子は本の案内人(?)
 1月にしては暖かい日が続く。今週の風雪も、ここ長沼ではたいそうなことになっていない。
1 1/5 歯が揺るんだ。1本だめになると、並び全体が狂う。正月から歯科医院でおよそ2時間、難行苦行の目に遭った。狭い寝台に逆さま状態にさせられて、ギシギシを繰り返されるのである。もしこれがポアロだったら、途中で憤然として帰っていたのではなかったろうか。「ヘラクレスの難業」である。
 歯科技工師に酒たばこはダメですといわれたが、気持ちが悪くてそんなところではないと思ったが、街に出て、井上夫妻と存分に飲んでしまった。たしかに歯のかみ合わせがよくなり、滑舌状態がもとにもどったようだ。翌1/6は新札幌で久しぶりにラーメンを食べた。カテプリの地下3回にある油屋だ。猛吹雪になるというので、女房に送迎を頼んであった待ち時間である。店でラーメンを食べるのは、およそ何年ぶりだろう。この店、万字炭鉱で店を開いた小鳩ラーメンの末裔(?)である。
 今野敏『自覚 隠蔽捜査5.5』(新潮社 14.10.20)を読んだ。竜崎伸也シリーズの最新刊・7作目で、短編集だ。キャリア組で警視長・検察庁官房室広報課長の竜崎が、家族のトラブルを理由に大森署長に降格され、現場で快刀乱麻を断つように大活躍する。相変わらず面白いが、この作は主として大森署員を俎に上げて事件が展開される。7篇とも柄が小さい。長編がもつ絡み合った「ほつれ」がない。おもしろみが半減されるのは否めないか。ま、マンネリもあるね。
2 1/8 三上延『ビブリア古書店の事件手帳6』(メディアワークス文庫 14.12.25)を読む。評判のシリーズのこれも最新刊だ。太宰治の和綴じ本『駆け込み訴え』(自家製版)と初版本『晩年』という稀覯本の争奪暗闘と、「書誌」解明を巡る知的ゲームが展開される。古本業界は「狭い」人間関係のネットワークだ。愛し合う主人公二人の親縁関係が、本を媒介に、どんどん解きほぐされてゆく。本書の主題は、人は死を直近に控えて、最後に何を望むかである。アンカットの稀覯本を、ペーパーナイフで1ページずつ開いていって、生ききってみたい、という執念にとりつかれた人間の妄念が、これまで5作の犯行の「裏」に潜む謎であるというヒントのようなものが示される。私の目には、「ビブリア古書店」を中心とするネットワークの中核に座る栞子とその母親の血族関係、栞子の恋人大輔の血族の歴史がほぼダブるように重なってきているように見える。まだまだ奥が深くなる。
 太宰については、猪瀬直樹『ピカレスク 太宰治伝』(小学館 2000)が出色のできだと思うが、三上は援用していないようだ。なお「アスキー・メディアワークス」は富士見町1だから言視社の近くにある(らしい)。
3 『日本人の哲学9』の「大学の哲学」は、ようやく出航し、大海原に滑り出したようだ。難題の廣松渉を書くことができた。ま、なんども手直しを要するだろうが、サミットの一つを登ったのだ。1970年以降の大学の哲学(純哲)の成果、加藤尚武(生命倫理学 ヘーゲル)、木田元(存在の哲学 ハイデガー)、丸山圭三郎(言語の哲学 ソシュール)を書く。すでに何度か書いてきているので、書くことができると思える。
 それにしても廣松さんは十分にやっかいだ。マルクス(『資本論』)に、近代知を超えるパラダイム(哲学原理)を「発見」し、近代哲学を超えるだけでなく純正の哲学体系(エンチクロペディ)を構築しようとするからである。そのうえ、マルクス著作の書誌的研究=文献クリティークをもとに、社会主義理論の革命的再生、マルクス・レーニン主義=スターリン主義でも西欧マルクス主義でもない真正のマルクス主義理論の新築を図るからだ。こうして1990年を挟む「東欧革命」は反革命だ、という廣松さんの「遺言」が、はじめて意味を持つことになる。でも、廣松さんの思いは、達することができるのか。あるいは、ヘーゲルと同じような結果に終わったのではなかったのか。ポスト近代は、近代の産物だ。ではポスト近代の中身は何か。廣松さんはこれについては、「社会主義」としか語っていない。語れない。そう思える。ヘーゲルよりもっと後退したのでは?