◆150101 読書日々 705(特別編)
新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
静かに正月元旦を迎えることができました。ありがたいことです。皆さんはいかがですか。よき年でありますように。
昨日、2014年の「総括」を書きました。
1 今年1年は、書き下ろしを3冊書いた。2冊は来年出版される予定。多少ともがんばった。体力が戻ったせいでもある。まずまずだ。
しかし、秋口からだれた。1度緩めると、戻りにくくなる。要注意。
2 今年出版できたのは、次の4+1冊である。まずまずだ。
1 『「自分」で考える技術』PHP 2014.4.25
2 『まず「書いてみる」生活』文芸社文庫 2014.6.15
3 『日本人の哲学3 政治・経済・歴史の哲学』言視社 2014.7.31
4 『どんな論文でも書けてしまう技術』言視社 2014.11.30
5 韓国語版『「やりたいこと」がわからない人のために』wowlife 2012
3 来年は、『日本人の哲学5 大学の哲学・雑知の哲学』を書き下ろし、『福沢諭吉の事件簿』1・2の出版にめどをつけたい。
4 日本海側を気車でゆっくり旅をしたい。これはぜひ実現したいな。
昨年『ヒルティ 老後の幸福術』(仮題)を書いて気づかされたことがたくさんあった。そんななかで最も大きかったのが、ヒルティと同じように、「雑知」としての哲学を書くことが自分の本分(to do)だった。『日本人の哲学』全10部・5巻は、そんな生き方のまとめだった。これである。あくまでも自己肯定的に総括してのことだが。
その10『雑知の哲学』では、鶴見俊輔(雑知)、柄谷行人(教養)、山本夏彦(知恵)、直木孝次郎(歴史)をメインにと考えている。笑われても仕方ないが、鶴見はプルタルコス、柄谷はキケロ、山本はセネカ、直木はヘロドトスに擬している。ただ鶴見は「雑知」といいながらエリート主義の臭気を紛々とにおわせている。そんな読書体験の「実感」を、三一書房の編集(当時)林順二さんに連れられ、山の上ホテルの喫茶室で何度か鶴見を垣間見て、なるほどと得心したことがある。谷沢先生や渡部昇一先生の書物や実物に寸毫も感じたことのない選良意識だ。ま、「不良」の鶴見には義理も人情も、なによりもスタンド・プレイがあるから、羨ましくもあるが。
この「雑知」では、桑原武夫、呉智英、副島隆彦を助演者に配してみようと思っている。いずれもひとかたならずその書物(かきもの)に世話になったマルチ作家だ。仕事は楽しくやるに越したことはない。再読が楽しみだ。
人間の「特質」は「言葉」である。1週間に1度街に出るだけで、仕事場とTVの前に盤踞している「私」なるものは、「言葉」と「酒」でできあがっているとしかいいようのない存在である。ただ言葉(書物)も酒(スピリッツ)も、大量に摂取可能そうに見えて、その気になって気を許せば、中毒を起こさせる。恐ろしいが、恐ろしいものこそ誘引力をもつ。浸りきってしまう。ま、酒の湖を本で筏を組んで漂うというさまか。この湖、もう少しで干上がるという予感もするが。
今年も出会うこと、音信のあることがありましたら、酔っ払いと思わず、お付き合いください。明日は、井上哲・美香夫妻がやってくる。ささやかな新年会になりそう。飛び入りは歓迎しますよ。
2015年1月1日 鷲田小彌太