◆240920 読書日々 1663 加湿器のこと
1 はっと気がついたら、夏は終わっていた。火がほしい。だが、加湿器を掃除しなければ、と思っていたが、手につかない。それを知ってか、妻の規子さんが、ちゃっちゃっとやってくれた。有り難い。毎年、加湿器には悩まされてきた。それが、昨年、購入してくれたものが、安くてしかも簡単明瞭。わたしにとっては「神器」に等しい。加湿器では、毎年困惑させられてきたのに、何の支障もなく、快調に冬期を過ごすことができた。といっても、1年のおよそ半分だ。
生来の乾燥肌で、これまでずーっと苦しめられてきた。それが解消したのだ。北海道に戻って40年余、初めての経験だった。あとはガスヒーターを点火するだけでいい。ほっとしたところだ。
長沼にいたとき、早朝起き上がり、書斎に降り、灯油ヒーターに点火するとき、部屋は10度を切っているのが常だった。常温、20度にまで上がるのは、正午近くではなかったろうか。若かった(?)から耐えることが出来た(!?)。もう、その「体力」も「気力」もない。今日も厚着している。
2 息子も、同じアパート(別室)にいる。もちろん「店子」で、独身生活を続けている。それに、「暖房」を入れたことがないらしい。というか、息子の部屋に入ったことはないので、確認したわけではないが。
息子は、同じ大学を出て、その後、アメリカの大学に留学し、情報技術を身につけて帰国し、現在はそれをいかしている。まさに独立独歩のたたずまいだ。
わたしといえば、おのずと、老齢もあって、眼と手を痛めてしまった私設パソコン「管理」(コンとトール)役を引き受けてくれている。この年でも、書くことを続けておれるのも、息子のおかげだ。
3 昨日、「二都物語」を書き始めた。札幌と東京にある「ひばりが丘団地」を嚆矢とした、副都心の「情景」を活写する一歩を刻むことができた。今も団地にその名をとどめている、「馬場牧場」に触れたが、私が学んだ信濃中学の同級生に、馬場さん、亀田君、山根君がいて、一家はともに「牧場」を営んでいた。その3人は、若くして「自死」したが、いずれも忘れがたい記憶が残っている。