読書日々 1185 「運転席からの風景」 

◆250221 読書日々 1185 「運転席からの風景」
 今日も淡々した雪が降る
 1 住いのとなりは、小さな「信濃郵便局」だ。部屋から歩いて、2分とかからない。私の住む厚別(現札幌市厚別区)に最初に鍬を入れたのは、信州信濃=諏訪の水稲集団で、近くにその子孫の家のいくつかが残っている。神社や校にも、「信濃」がついているわけだ。
 まだぼんやりとした頭が続くが、加藤尚武先生の封書(エッセイ連作「羅針盤」)へのお礼の葉書を出しに行った。失礼ながらずいぶん遅れたことになる。加藤先生は、広松渉先生の義弟(奥さんが姉妹)で、両人ともに、左翼で、最後は東大に戻って教授となられたが、長い間「就職」(研究職)では苦労した、と思える。
 加藤先生には、ヘーゲル研究というか、わけても哲学史研究で、ずいぶん(著書で)世話になった。広松さんは、一見して「難解」で、加藤さんは、逆に「明晰」そのものであった。反面、加藤さんは、あまりにも「技巧派」で、広松さんは「愚直」に思えた。どちらも戦後日本の哲学研究の至宝だ。
 2 孫が4人いる。男は1人で、他は3人とも女だ。少ないが、仕方ない。
 私は4人姉妹の真ん中で、特別大事にされたというわけでもなかったが、我意を通し続けて、家業を継がず、姉・妹たちにはいらぬ迷惑をかけてきた。特に長姉は、後に、後継者のいない「店」(鷲田商店)を継ぐ意志があったのに、といわれ、愕然とした。
 その姉、高校卒後、望んで就職した会社を無理矢理(祖父に)辞めさせられ、店の「手伝い」をさせられたという経緯があった。(母は店の仕事を嫌った。)だが、格好の嫁ぎ先があるというので、家を出た。その嫁ぎ先、呉服店が、火災に遭い、またバブルの崩壊も重なって、倒産した。
 姉はわたしより3歳しか上ではないが、「ボケ」が進んで、施設に入った。ま、遠からず私もボケがすすんで、同じコースをたどるに違いない。
 3 昨日は、「運転席からの風景」で、「JR鶴見線」を、一昨日は「京阪大津線」を堪能した。前者は、2度目で、後者は、3度。西武秩父線は、何度見ただろう。勿論、2度、実乗している。上京すると、どこに乗るか、をまず決めた。