読書日々 1190 憑依されるほどに 

◆250328 読書日々 1190 憑依されるほどに
 体調が戻るに従い、TV三昧ともいかない。もう一度、司馬さんの本をぼそぼそと読もうかなと思ったが、吉村昭の方がよくないんじゃないか、などと思ってみても、吉村さんは、顔も、趣味も、ほとんど同じというか、ただし、生活でも仕事でも、死線を何度もくぐった吉村さんと私じゃ、境位があまりにも違いすぎて、「失礼!」に、と思えてしまう。
 それにしても、司馬さん『坂の上の雲』NHKTV版(再放送)は、がっくりだった。初見の時、これほどとは思えなかったが、直木賞作品の映画化『忍者秘帖 ふくろうの城』(1963)より、さらに「駄作」になっていた。これこそ、もったいない、だ。
 私にかんするかぎり、やはり、できるかできないかはおいとくほかなく、「いま」やりたい仕事をするにしくない。ま、愚知は今更ながらだ。みっともない。何の糧にもならない。
 「昭和100年」、面白いことに、ほぼ10年ごとに、転換期があり、「言葉」の人が登壇している。
 そんなにきれいに10人=10年とステップを踏む必要はないが、もう一度「思想」(言葉)の担い手たちの「回廊」を自分自身の足で、と言うことは、耄碌半ばを覚悟して、披瀝してみたく思えてきた。ま、三木清はもう一度、柄谷行人はきちんと書き残して終わりたいね。
 それにしてもずいぶんたくさん書いてきた。
 厚ければいいわけではないが、①『昭和思想史60年』(三一書房 1986)以降、何冊に上るだろうか? ②『吉本隆明論』(三一書房 1900)③『現代思想』④『人生の哲学』(海竜社 2006) ⑤『日本人の哲学』(全5巻全10部 言視社 2012-6)でピリオドを打てると思ったが、『福沢諭吉の事件簿』(全5巻)を、そして日本哲学・思想・言論の至宝、『異例の哲学 三宅雪嶺』(言視舎)を残してしまった。龍馬と諭吉だけは、多少自分自身の目と足で調べた。一時期、龍馬や諭吉、それに雪嶺ご一統に憑依され、地獄に引きずり込まれた。笑えないが、南無阿弥陀仏!……と唱えていた。