読書日々 478

◆151030 読書日々 478
上京から帰り、「コーンウェルの謎」を観た
1 10/28、上京する。新しい仕事を(書き)はじめるための息継ぎ、と理屈をつけたが、要するに、旨いものを食って、旨い酒を飲みたい。できれば、当てもなく歩きたい、である。2年前、歩くのがやっかいになった後遺症が残っている、とこれも理屈だ。
 1時、大門「武鮨」で文芸社の佐々木さんと待ち合わせたが、SKYが、いつもよりかなり順調に発・着したため、20分前についた。文芸社から、12月に『シニア、その青春の読書』(文芸社文庫)がでる。その校正ゲラを渡し、ひさしぶりに旨い鮨にありついた。
 御成門から新橋の飲み屋街を抜けて、銀座まで歩いた。途中に虎ノ門ヒルズがそびえて見える。5時過ぎなのに、客がまばらだ。寒いせいもある。バー・ブックについて、言視舎の杉山さんと、小川哲生さんを待った。小川さんとは初回である。ウイスキーが旨い、話が面白い、かなり飲んで、近くの「力」で日本酒を飲み、二人と別れて、バーに戻り、それから……。かなり酔っていたため、タクシーが拾えず、ふらふらとホテルまで歩いた(ようだ)。まずい。
2 10/29 ひさしぶりに頭が痛い。ただし、前夜、ちゃんと歯を洗って寝ていた。習慣は恐ろしい。となりの弁当屋がなくなっていた。近くの立ち食いそばに足を向けたが、ここの量は通常の2倍くらいある。掻き揚げ野菜をのせたが、少々胸が詰まった。
 ホテルの前が地下鉄だ。「巣鴨」に行くことにした。年寄りの聖地だそうだが、一度見ておきたい。日差しが暑い。商店街があるだけだ。店も予想以上に少ない。客が少ないせいか、大阪の通天閣周辺とは比べようもない寂しさだ。端から端まで往復したが、もちろん買いたい物なぞない。地蔵も地味だが、ま、これでいいのだろう。
 夜は八重洲の「だぼ鯊」で、娘の亭主、貴雄君と待ち合わせした。店主の高橋さんは、わたしと同学年で、歴史物が好きな、生粋の職人である。ここも客が少ない。貴雄は出張で日本中を飛び回っているようだが、酒のピッチが速い。ここの天ぷらも絶品である。銀座まで足を伸ばしたが、貴雄君はタクシーのなかで半睡状態。わたしは、もういちどバーにより、閉店後、店主の佐藤さんと近くに飲みに行った。この日は、きちんとタクシーに乗れた。
3 朝チェックアウトまで、ぐずぐずし、銚子の犬吠埼までバスで行くつもりが、帰りの飛行機に間に合わない時刻になって、断念。かわりに、蒲田まで京急で行き、三州屋でビールを1本のみ、池上線に乗った。何の目的もなく電車に乗り、途中下車してぶらつく、というのは一種の老人病かも知れないな、と思いつつ、これがなかなかいいのだ。宮崎で、わたしと同じ年の認知症(の治療を受けた)男が、歩道を暴走し、死傷者を出した。惨劇だが、わたしの方は鞄を引きながらぶらつくだけだ。でも、ちょっと見には感じがよくない怪しさなのだろうな。そう思えた。
4 飛行機は時刻どおりに発着し、迎えの女房を待たせなかったようだ。外はやはり寒い。まずは無事に帰宅し、体調も常よりよく、上京は、是、と自己申請する。
 11月、1冊、12月、1冊仕上げる。ま、準備はよろしいと思えたが、NHKBSで「一本道」、コーンウェルの旅、を観てしまった。この言葉を聞いた時、とっさにクリスティのポアロもの「コーンウェルの謎」(「コーンワルの毒殺事件」)を思い起こしてしまった。イギリスブリテン島の南西突端地方の事件簿だ。DVDを取り出し、観て、さらに番組の録画を観た。コーンウェルの海岸線は、秋田の男鹿半島の突端のような景色の所だが、ポアロものでは、村の外観は判然としない。裁判所があるのだから、きちんとした町のようだだが、NHK番組のほうは、ド田舎=漁村だった。風景に堪能した。