◆160304 読書日々 496
NHKBS3「アラビアのロレンス」再見
降ったり晴れたりの毎日だ。雪がである。それでも、庭の端にある小屋の屋根の雪は、ほとんど積もっていない。昨年もそうだったが、今年のほうがはなはだしい。
『評伝・山本七平』の校正を終えた。4日かかった。ちょいと辛い。TVなら何時間観ても大丈夫なのに、活字は5時間が限度になった。PCはよく打ち間違える。自分の眼=脳が信用できない。ま、これは以前からのことにすぎないが。それでも、終えて、心底ホットしている。急がなければいいのだ。「毒蛇は急がない。」「悠々と急げ。」は開高健の口癖の格言だったが、「いらち」癖は治らない。体が動かなくなるまで、治癒不能か。
1 今西錦司『人類の誕生』(1968)を読んでいて、この本のあと、生物学もずいぶん進んできたのだ、という感慨を持つ。といっても、今西の「哲学」が陳腐になった、などといいたいのではない。「分子」工学(技術)が進んで、さまざまな境目がかなりクリアに見えてきた、ということだろう。遺伝子工学を検証技術にすれば、人類の生誕は、200万年が20~30万年前、ということになるらしい。といっても「工学」の進化は、これはこれであくまでも「暫定知」の確定にすぎないが。
「志賀原発1号機、直下に活断層と最終判断 規制委会合
原子力規制委員会の有識者会合は3日、北陸電力志賀原子力発電所(石川県)1号機の下を通る断層について、活断層だと最終的な評価をまとめた。規制委がこの判断を追認すれば、1号機は廃炉が濃厚となる。安全審査中の2号機も耐震補強など大規模な工事が必要となる可能性があり、当面、再稼働は難しくなる。」(2016/3/3 日経新聞電子版)
規制委員会がどう判断するか? 「判断」はどんなに正確を期しても、「確実な証拠」(certain [reliable, positive, clear, hard] evidence)にすぎない。「蓋然性」だ。しかし「規制基準」に抵触するなら、再稼働不可→稼働不可→廃炉に進む可能性大ということになる。これを規制委員会が追認すれば、委員会の権威を高める。これがわたしの意見だ。
ただし、原発全廃などという、原子力発電技術(工学)廃棄を主張するような反技術信仰という愚を犯さないためにこそ、わたしはこう主張したいのだ。
2 「アラビアのロレンス」を観た。何度目だろう。トルコ軍が占領するアカバをベドウィンが攻略して、それをカイロの英軍司令部に伝えるため、ロレンスは二人の少年とともに、ラクダで、一昼夜かけてスエズ運河まで「走破」するという破天荒を試みる。本当か?
何度もわたしは見ているのに、見間違いではないか、と思えたのだ。わたしたちは、カイロからバスで、スエズ運河の下を通って、シナイ山麓で一泊して、シナイ半島をエイラットまで横断した。ここから隣接のアカバ(ここではトップレス満開だった。)を超えて、ヨルダンに入り、ペトラ遺跡を観て、ふたたび、イスラエルに入った。1998年のことだ。ロレンスは、たしかにスエズまで、一昼夜で走破した。この旅から、わたしのキリスト教あるいはユダヤ教との本格的な接触体験がはじまった。
「アラビアのロレンス」時代の「中東」構図は、今も基本的には変わっていない。たしかに部族国家になった。「部族」ではなく「国家」である。しかし、中東に「民主主義」があるとしたら、イスラエルだけなのも、動かしがたい事実である。あるいはイスラエルには、欧米諸国より強固な「民主主義」が存在している。ただし、アラブ「部族」国家と拮抗しているため、「平和主義」を標榜している日本とまったく異質な国家に見える。
それから10年、最後のイスラエル巡礼の折り、南部のベルシェバにあるネゲヴ・ベン=グリオン大学の教師が、大学の敷地と思える(?)地面を足で叩いて、この下にミサイル基地があるんですよ、とささやいた。ぎょっとはしなかった。いつでも、出撃OKですよ、ということだ。公然の秘密なのだろう。ベン・グリオンは、イスラエル建国の父で、この大学は工学部を中心にした、いわば総合軍事技術大学かな、と思えた。ま、わたしの想定にすぎないが。