◆160324 読書日々 499
夏樹静子、メモワール
次回が500回なのに、今回は、南九州巡礼で、今日上京する。それで、1日早く書いた。でも、ぴったりの事例が生じた。夏樹静子(1938.12.21~2016.3.21)が亡くなった。夏樹のよき読者であったとは言い難い。しかし、当時『潮』の編集をやっていた背戸逸夫の斡旋で、夏樹の代表作といっていい、2冊の文庫本に「解説」を書いた。それで代えたい。了解あれ。
1「解説」 夏樹静子『わが郷愁のマリアンヌ(下)』角川文庫 1988.10.10
『わが郷愁のマリアンヌ』は、夏樹静子のミステリィ作品のなかで彼女が最も得意とする企業の興亡や華麗なロマンスなどをバランスよく編み込んだ、上品なエンターテイメントである。
作品の舞台は英国である。英国にはミステリィが一番よく似合う。あのシャーロック・ホームズの時代には、馬車と霧、さらには鉄道が作品のムードを高めた。夏樹は、旧世紀のミステリィ舞台をいつも念頭におき、それらを下層部分にひそませながら、霧のない街、縦横に走るハイウェイを配して、現代の小説空間をつくりあげている。
しかし、この作品は、ぜひにも英国を舞台にしなければならないのである。それは、作者夏樹にとって避けられないのである。夏樹の精神的バックグラウンドが英文学であるということだけではない。この作品は、はじめから終わりまで、エミリィ・ブロンテの『嵐が丘』を、透かし模様に編み込んでいるからである。
みずからミステリィも書いた、サマセット・モームがこんなことをいっている。『読書案内』(岩波新書)で、である。
楽しく思えないような書物は読むな。しかし、ドストエフスキィ『カラマーゾフの兄弟』を前にして、この力づよく、悲劇的で、しかも分量のひどく多い小説を、はたして読んで楽しむことができるかどうか、躊躇をおぼえざるをえない。だが、読まないでおくと、それだけ損失を蒙るような書物、なんらかの形であなたを精神的に富まし、いっそう充実した生活を送る上に役立つような書物もあるのだ。それがドストエフスキィの小説なのである。こういう小説は英国にない。わすかでも似ている小説といえば、エミリィ・ブロンテ『嵐が丘』とメルヴィル『モヴィ・ディック』(白鯨)だけである。
そして、『嵐が丘』について、短くこういうのである。
〈『嵐が丘』はユニークな作品である。もっとも、手際のよい小説ではけっしてなく、現に場所によると、とうていありそうには思えぬことが書いてあるので、読者はあっけにとられてしまうほどであるが、それにもかかわらず、情熱にみち、深い感動をよむひとにあたえないではおかない。偉大な詩と同様、深刻で力づよい。これが普通の小説であれば、どれほど夢中になってよみふけっていても、よんでいるのは、たんなる物語にすぎないのだ、と自分にいってきかせることもできようが、この小説をよむことが、まるでそれとはちがって、あなたの生活を根底からくつがえさないではおかぬ経験をもつことになる。〉
スモッグが消失し、馬車は消えている。国際企業都市ロンドンから、どんな片田舎へでも、スーッと車がはこんでくれる。日本人は稀ではあるが、しかし、奇異ではない。テレビや自動車ほどではないが、人間たちもまた、企業の一翼を担って、英国の田舎の片隅まで入ってゆく。夏樹が描くのは、変貌やまない今日である。
しかし、時代がかわっても変わらないものがある。「ワザリング・ハイツ」(嵐が丘)である。ヒースのはえた風の強い丘であると同時に、どんな障害にもたちむかい、破滅をもあえて恐れない愛の「嵐が丘」である。
ユニークとは、英国ではふつう、奇妙な、風変わりな、という意味で、けっしてホメ言葉ではない。夏樹の作品は、むしろ、ユニバーサルといった方がよい。それに夏樹のこの作品は、手際よい。日本の男性と英国の女性との愛の交歓も、普通の読者にとって自然にうけ入れることができる。しかも、この作品は大変に面白いエンタテイメントになっている。
英国のワザリング・ハイツは、今日も、厳然として、ある。変わらずに、ある。夏樹が『嵐が丘』を透し模様にしたのは、それとの差異とともに、この同一性をこそ描かずにはおられなかったからである。つまり、この丘に立ちつくしたいと思うほどの愛は、「嵐が丘」で描かれたキャサリン・アーンショーとヒースクリフとの愛と同様に、破壊によってしか成就しえない、ということである。
倉内優二。製品輸入業・クラウチ商会の常務。兄が社長である。妻と二人の子供がいる。一八〇センチの長身。三十七歳。誰もが自分自身のなかに何か苛立たしい渇望をいだく時期である。考えまいとして、黙ってやりすごす人がいる。圧倒的多数といってよい。優二は、この胸裡にわきあがる渇望にうながされて、周囲の反対をおしきって、英国支店を設立し、あえて単身赴任を試みるのである。
優二が求めるものは、「ワザリング・ハイツ」の英国である。意識されてはいないが、わけてもキャサリンなのである。ロンドンの展示場の片隅でみつけた、オールド・ファッションの陶器が、優二を、ヒースの荒野へ、愛の嵐へいざなってゆく。そして、その陶器製造工場へ、品物買付けの下見にいった時、一枚の肖像画に眼を奪われる。その複製画に描かれた女性が、この陶器製造工場・クイーン・フォーブス社のオーナーである。まだ一七、八歳の頃の姿だが、いまは三十歳をすぎている。これがマリアンヌである。つまり、キャサリン・アーンショーなのだ。
フォーブス夫婦は、優二を、マリアンヌの生家で、いまば別荘になっているハロゲィトのモートン・キャッスルに招待する。そこで、優二は「何か永遠に通じるものへ手がさしのべられるような、魂の開放感」を味わうのである。
優二が、胸裡のうずきを感じ、ロンドンへとあわただしく飛立つ巻頭から、優二とマリアンヌがヒースのかぐわしい匂いに誘われるように抱擁しあうまでは、純然たるロマンスである。恋愛小説である。
そして、一箇の死体が発見される。ここからはミステリィだから、筋はいえない。しかし、いわずもがなのお節介とおしかりを受けるであろうが、より楽しく読むためのヒントめいたものを提供してみたい。
一つは、マリアンヌの肖像画である。等身大の実物は、モートン・キャッスルにある。縮小された複製画は、会社の事務室にある。これと対をなすように、マリアンヌと、彼女とよく似たダンサー・ルイーズとが登場する。このオリジナルとコピーとの関係を注視してほしい。それに、優二は、フィクション―いわばコピー―の英国、つまり、『嵐が丘』に描かれた英国に、わが胸裡のうずきを触発される。この三層をなす、オリジナルとコピーの関係をいつも念頭におくとよい。
いま一つ、この物語りのキイワードは「ワザリング・ハイツ」である。それに「チャイナ」(陶器)である。陶器は、中国(チャイナ)に発し、朝鮮、日本で洗練されてヨーロッパに入った。英国に上陸したのが一番遅かったのだ。優二が英国のチャイナに憑かれ、マリアンヌに魅せられていく。そしてヒースにも。だが、これを歴史の縦糸でくくってみると、優二の「郷愁」たる「陶器」「マリアンヌ」「ヒース」は他でもない、チャイナであり「ジャパン」(漆器)への発見の旅を指示してもいる、ということである。「郷愁」には、異郷への見知らぬものへのおもいというよりは、定義通り、長く見失ってきた固有なものへのおもいでにこそあるのである。だからというのか、でもあるからというべきなのか、優二とマリアンヌの愛は、日本人と英国人という、異邦人どうしの愛ではなく、男と女の愛になりえているのである。
オリジナルとコピー、「チャイナ」にいくぶんなりとも注視して読むと、結語部分の二頁ほどが、なるほど納得できる、といういことになる。
まずは、読んでからのお楽しみ。では――
2 夏樹静子『霧の証言』解説 光文社文庫 1990.8.20
一人の「探偵」を創造することは、文化遺産を残すのに匹敵する行為である、といってしまいたくなるほどである。いくぶん大げさに言えば、シャーロック・ホームズや三河町の半七がいなかったら、探偵小説を読む楽しみが奪われたばかりでなく、十九世紀末ヴィクトリア王朝期のイギリスに集まったあらゆる階層の人々の息吹や、江戸から明治の激動する移行期に静かに生きた普通の日本人の心情を知る手がかりを失ったに違いないのである。
とりわけシリーズものとなると、事件を一つくぐり抜けることで、探偵の手腕や経歴ばかりでなく、探偵の人となりにも厚みが加わることになる。かの探偵とともに作家ばかりでなく、読者もまた成長を共有することになるといってもよい。この点、刑事や弁護士といった職業は、事件がむこうの方から定期的にやってくるのだから、シリーズものには、特に有利である。彼、彼女らを作家が放っておかないのも当然である。
連作推理小説「弁護士 朝吹里矢子」シリーズの文庫本化は、『星の証言』(①)『花の証言』(②)に続く『霧の証言』(③)で三冊目である。愛読者にはいらぬお節介かもしれないが、朝吹里矢子はもう小説という枠組から抜け出て、一個の独立した人格をもつ「探偵」に成長したのだから、ここいらへんで彼女の「人物」調査をしても許されるであろう。
1。 出生
昭和二十六年生まれ。父は、GHQの教育局によって派遣された大学の英語教師(講師資格)のサミエル。母敏江は、その大学の事務局に努めていて、昭和二十四年、サミエルと知合う。翌年、父は、結婚の承諾をうるために帰国。good newsを携えて日本に戻る直 前、国内旅行中に、飛行機事故で死亡。その時、母は妊娠四ヵ月。二十六年、里矢子が生まれる。里矢子は敏江の兄夫婦の養女として入籍したが、ずっと母と二人で暮していた。――里理矢子がその出生の秘密を知ったのは、中学三年の秋であった。母は、日本橋にある書店に努めて、昭和五十一年現在、四十六歳。(「暗闇のバルコニー」『星の証言』〔以下①〕)
2。 学歴
私立女子大付属高校卒(「暗闇のバルコニー」①)。しかし、「心を返して」(③)では、高校時代の男の同級生が事件の依頼人になる。国立大学の法学部卒(おそらく東大?)。卒業した年に司法試験に合格。
3。 弁護士活動
昭和五十一年、四月、薮原勇之進法律事務所(渋谷区南平台)の居候弁護士(イソベン)になる。愛称はリコ、二十五歳。薮原は、五十一歳。事務所には、薮原夫人の甥で司法試験に落ちて浪人中の風見志朗(二十三歳)が出入りし、事務員として吉村サキ(三十四歳)がいる。
事件簿は、①と②で、昭和五十一年四月から、昭和五十五年十二月末まで、里矢子二十五歳から二十九歳まで編年体のリアルタイムで進む。
昭和五十三年四月、イソベンを終え、同じ事務所内の一室で「自立」する。最初の依頼事件が「犯す時知らざる者」(②)。風見志朗は、司法試験合格により、司法修習生となったので、代わりに志朗の高校時代の友人で、大学院で人格心理学を専攻している室田公人がアルバイトでやってくる。
五十五年四月、志朗は新任の検事として東京地検総務部に配属になる。さっそく、里矢子と志朗が対決する事件がある(「地検でお茶を」②)。五十五年十一月の事件簿は、里矢子が手懸けた事件ではなく、薮原単独の事件(「穴のあいた密室」②)。
『霧の証言』(③)は、一九八五年から八七年まで、里矢子二十九から三十一歳までの事件簿である。③は①②までの年代を五年飛ばした勘定になる。――編年体を守りながら、しかもリヤルタイムで書いてゆくと、里矢子はいやがおうでも歳をとってしまい、若い独身の弁護士という設定を維持しがたくなるからであろうか。
一九八五年、里矢子は薮原法律事務所を出て、司法修習生時代に同期だった二人の男性と共同事務所(渋谷区渋谷二丁目、宮益坂の上)を開設する。
翌八六年五月、朝吹理矢子法律事務所(渋谷区道玄坂1・22橘ビル四階。南平台の薮原事務所から歩いて十分)開設。文字どおり独立する。薮原事務所から、吉村サキが事務員として移ってくる。(独立に対する薮原の配慮である。)
4。 車
里矢子の愛車は、昭和五十一年から五十五年まで、薮原事務所時代は、若草色のフォルクスワーゲンで、一九八五年、ブルーのアウディ80に買い替える。薮原の愛車はブルーのBMW。――薮原の運転するBMWは、同乗した里矢子が最も薮原の懐近くいることを感じる場所でもある
5。 里矢子の容貌。
「里矢子は自分が混血児であることを、さほど傷みをもって意識した憶えはなかった。それは多分、彼女の身長は平均より少し高いくらいだし〔一六〇センチ〕、眉と目がくっついて顔立ちの彫りが深いとか、長い脚が日本人離れしてX型にそっているなどといわれることがあっても、それも他の少女たちが一人一人持っている特徴の程度を出ないものだったからでもあるだろう。実際里矢子は、特にそうと注意しない限り、一寸見には混血児とは気づかれないくらい、母親似だった。」(「暗闇のバルコニー」①)
「たぶん父親似の彫りの深いノーブルな造作、母親譲りのスベスベした小麦色の肌」(「パパをかえして」②)――里矢子が「混血」であることを指摘されたり、「混血」がなにか重要な意味をもつというような設定を、著者は一切していない。
6。 弁護士を職業として選ぼうと思った動機。
「大学二年の春、なにかの用事で母の勤め先である日本橋の名の通った書店へ立ち寄った。そのとき母は顧客らしい四十年配の紳士と、法律書の話をしていた。用件をすませた彼は、後ろで待っていた里矢子に軽い会釈と微笑を送って、歩み去っていった。坊主刈りに近い短髪、がっしりと肩幅の広い長身、そして、さわやかに温かく光っていた眸――。
『弁護士の薮原先生。事務所は渋谷なんだけど、よくうちへ専門書を注文してくださるの』と、母の敏江が教えてくれた。
あの時の薮原勇気之進の姿が瞼に刻まれていなかったら、司法試験の難関に挑む勇気が湧いていたかどうかわからない……。
里矢子は今でもそう思っている。」
――大学の法科を選んだのは、たまたま高校時代に六法全書を読んで面白かったからだ、という里矢子をささえているのは、薮原の「存在」である。
7。 収入。
里矢子の収入は分からないが、さまで多くないことは確かである。「八六年現在、日本中で弁護士の数は一万三千人、平均所得は八百万円といわれているが、それは勿論、薮原のような大ベテランも押し並べてのこと。おまけに近年は東京都内の、それも女性弁護士の数が増えすぎて、過当競争気味とも聞いているし……。」(「心を返して」③)と、独立後一週間たっても依頼人が来ないときに、里矢子が述懐している。
独立してかかる費用は、家賃十二万、サキの給料十六万、ワープロのリースや電話代、車の維持費、月九千円の弁護士会会費等の諸経費をあわせると、月三十七、八万は必要になる。それに里矢子の収入が加わる。たいへんさが想像できるというものである。
8。 薮原弁護士。
薮原は、里矢子にとって、弁護士の先達であり、父のような存在であると同時に、理想の男性像でもある。
海軍兵学校出(「穴のあいた密室」②)で、三十五歳で法律事務所を開いた大ベテラン。――①②では、大正十四年(?)生まれということになるが、③では、昭和五年(?)生まれということになる。(昭和五年生まれということならば、海軍兵学校出ということは不可能になる。)
9。 里矢子と志朗。
二人は、文字どおり、薮原の「弟子」である。その二人が、弁護士と検事という対立する立場で、しかも共同して事件を解決してゆくところに、このシリーズの面白さがある。薮原を含めて、彼ら主人公は、神のような推理能力を発揮するわけではない。法律論議も、人間観も、ごく普通の「正義」にもとずく視点から展開されているといってよい。
10。 趣味や日常生活。
全く触れられていない。
以上、羅列してみたが、新しい読者の参考になれば幸いである。
*ま、ミステリフアンの例に漏れず、わたし鷲田も、作者や探偵のキャラはもとより経歴や趣味等にも興味が湧く。TVも観る。ただし、朝吹役は、津村秀介原作で女弁護士・高林鮎子役を演じた眞野あずさが適役に思える。彼女、原作では脇役だが。
なお「朝吹」は印象深い姓だ。朝吹英二は、同郷の福沢諭吉を暗殺しようと付け狙うが、諭吉の弟子になり、諭吉の懐刀になり、諭吉の甥中上川彦次郎の妹と結婚する。三菱財閥で辣腕を振るった。サガンの『悲しみよこんにちわ』(1958)の訳者、朝吹登水子は孫、芥川賞作家の朝吹真理子は登美子の兄の孫というように、一門は華々しい。といっても、元をただせば、諭吉・慶応・三菱閥である。