◆170324 読書日々 822
鮎川哲也が、長沼隣の北広島に住んでいた
「残り雪」か、「名残雪」か、このところ2日続きで降る。北海道ではこの季節特有のものだが、それにしても、今期の冬は雪が少なかった。車の運転は楽だったようだが、除雪を「副業」とする運送・土木業は、かなりの痛手に違いない。
1 今年は「捕物帖百年」だ。何で捕物帖が100年紀(anniversary)などといえるの、と思うだろう。岡本綺堂『半七捕物帳』の第一作「お文の魂」(1917/1)が出てから100年なのだ。
「修禅寺物語」などで知られる劇作家、綺堂(東京日日新聞)が描く、目明しの半七は、江戸のホームズである。この連作作品は、捕物帖の嚆矢であるとともに、日本探偵小説のトップバッターでもある。
野崎六助『捕物帖の百年』(彩流社 2010)がある。7年はやめの「百年」を言祝いだ力作だ。わたしも、いろんなところ、
『なぜ、北海道はミステリ作家の宝庫なのか?』亜璃西社 2009
『ビジネスマンのための時代小説の読み方』日経ビジネス文庫 2008
『佐伯泰英「大研究」』日経ビジネス文庫 2009
『時代小説百番勝負』共著 ちくま新書 1996
*『時代小説の快楽』五月書房 2000
*『時代小説に学ぶ人間学』彩流社 2007
『時代小説にみる親子もよう』東京書籍 2000
で、時代小説、捕物帖、時代劇、探偵小説について書いてきたが、列挙(*以外は書き下ろし)してみると、その数の多さに驚かされる。惜しむらくは、耽読してきたミステリに関するものををあまり書いていない。ただし、『死ぬ力』(講談社現代新書 2016)は、クリスティの作品を枕に、「死」を論究した。
野崎と同じように、わたしも、半七捕物帳=時代小説と日本探偵小説の嚆矢である、と述べてきた。ただし、第一作「お文の魂」は、デュパンやホームズ流のミステリではない。宮部みゆきお得意の、江戸のミステリ=「怪奇」小説といっていい。といっても、第二作目以降、伝七はホームズ張りの「探偵」になって活躍する。ただしときは江戸末期だ。「目明かし」は、権力の末端だが、「正業」ではない。「十手」に物を言わして、相手を威圧し、拘引する。アウトローが法の番人の末端にいるという構図だ。
2 江戸川乱歩は日本探偵小説の生みの親だ、といわれてきた。事実、「二銭銅貨」(1923/4)で素人「探偵」明智小五郎を登場させて、見事な「推理」力を披露する。明智は、横溝の金田一耕助、高木彬光の神津恭介とともに、「現在」でも各種媒体(メディア)で活躍中だ。そういえば、津村秀介(1933~2000)の浦上伸介(事件記者)シリーズは、弁護士・高林鮎子(主演真野あずさ)シリーズに改変されて、TVシリーズに登場し、また、原作の基本(主演高島政伸)にもどして、もとのタイトルの形で再放送されている。快刀乱麻を断つとはいかず、じれったいぐらいに、堅実だ。
津村(本名・飯倉)の奥さん(曽野さんの友人)に、巡礼で何度か一緒になったことがあった。長い旅の途次だ。ひょんなときに、津村作品に話に及んだことがあった。どんなに取材で遅くなっても、必ずその日のうちに帰宅する(?)という、几帳面な人であったということだ。(そういえば、津村作品に、日帰りできない海外物は、ないように思える。)
津村は、週刊新潮に「黒の報告書」を20年間書き続けた、文字どおりの事件記者出身だ。鮎川哲也の推挽で、1982年、『影の複合』でデビューする。その作品も、「天才」探偵ではなく、地道な捜査の積み重ねで事件の謎を解くというスタイルを保持した。
その鮎川が、1990年から、広島町(北広島市)に転居、夏は亡くなる2002年まで、ここで過ごされたそうだ。追悼記念号『本格一筋六十年 思い出の鮎川哲也』(山前譲編 東京創元社 2002)にある。(続く)