読書日々 840

◆170728 読書日々 840
「愛」を感じることが出来れば、いいじゃないか
 断続的に、厚別で過ごす。1夜だけ、娘の夫(貴雄)とススキノで痛飲した以外、午前中、仕事に没頭出来た。ほとんど部屋を出なかった。涼しい。まことに北海道に住むものの特権だ。賜である。それで、今週は、はじめた仕事で50枚書けた。
 今日は長沼で、空模様があやしいが、はかどりそう。やはり、仕事が出来る。気分がいい。酒も美味い。至福だ。杉山(言視舎)さんによろこんでもらえるものを書きたい。そう強く思える。
 1 中村嘉人さんの新刊、『シニアライフの本音』(言視舎)が届いた。さっそく電話をし、祝意を述べた。中村さん、痛くて、へろへろだという。この本まさに「本音」というか、言いたいことを自分本位で言っている。年をとって、狼牙を隠せなくなる人がいる。頑固とも違う。その牙、ただし、自分にもくい込む。体も病で痛いが、心も痛い(だろう)。でも、ものを書いてきた人間の性がここで出る。いいじゃないか。書くって、痛いのだ。そう思える。中村さんの新刊に、乾杯。これで、中村久子、中澤千磨夫、中村嘉人と、新刊でそろい踏みの形になった。言視舎の杉山さん、8/1の道新で広告を打つという。剛毅だ。
 2 鮎川哲也は、今週、お休み。代わりといっては何だが、津村秀介(1933~2000)の文壇デビュー作『影の複合』(1982)を読む。鮎川の推奨で出た作品だ。遅いデビューだが、多作家で、その作品は高林鮎子、浦上伸介シリーズでTV化され、わたしも好きなドラマだった。ただし、原作は、この処女作も含めて、視覚化が困難な複雑(すぎる)アリバイ工作劇だ。66歳で亡くなった。惜しい。
 津村の本姓は、飯倉で、ひょんなことからその奥さん(元中公の編集者)を知ることになった。その話によると、氏は、どんなに遠くまで取材旅行に行っても、宿泊しないで帰宅したそうだ。日本列島は長いのだから、宿泊しない理由は分からないが、この点、お母さんと暮らしていた鮎川の習慣と同じだった(らしい)。他者と部屋を一緒にする、同宿するのが、嫌で苦手なのは、わたしも同じだ。
 この作品、松山と東京で同時間に殺人を犯し、本人は札幌にいたという、完璧なアリバイを設計した犯人を「追いつめる」(?)というものだ。ま、複雑で完璧すぎるアリバイ工作は、アリバイではない(ありえない)という、論理が成り立つ、といえばそれまでだが。
 3 「SHERLOCK(シャーロック)」の第4シーズン、3本を見終えた。もともと「やりすぎ」の感があった。それが新しい魅力でもあった。でも「すぎる」が度を超すと、ロジックを駆使したミステリではなくて、怪奇(ゴシック)になる。コンピュータを駆使した映像の特権ともいえるが、考え論理をつめるという時間を与えない、奇術の類いとなる。「ポスト現代」版シャーロックだといえばそれまでだが、映画は制作者のオモチャ、ガラガラポンではない、といってみたい。
 4 7/21、新さっぽろで、『プレジデント』(8/28発売号)の取材を受けた。質問事項は決まっていたが、時と場所により、徹底的に「くずれる」癖がわたしにはある。このときがそうだった。仕方ない。できあがりを見なくては何ともいえないが、課題が「哲学者が答える 愛と笑いの人生塾」(仮題)で、登場は、中島義通、土屋賢二だそうだ(?)。ま、「笑える」3人(失礼!)だから、いいか。
 5 娘夫婦(孫娘2)の長期帰省が終わった。最初の1週間は、暑かった。後半は涼しかった。ご苦労さんとしかいえない。わたしは自分の子さえかまったことがない。まして孫はない。妻とは全く違うところで、わたしの父母、祖父母と同じだ。ま、よくいえば、親や先輩をよくよく見て育て、というところだ。そこに愛を感じることが出来れば、OKだ、で通してきた。