◆180519 読書日々 882
敗戦間際まで鉄路に執着した宮脇さん
5/16、街に出た。熱風が吹いている。4時台から、カウンターにいい歳の男ばかりが雁首を並べてビールを飲んでいる。タパスでだ。木曽路で少し飲んで、大通りを久しぶりに踏み越えた。桂で伊藤さんと半年ぶりの出会いだ。みょうに酔った。家人に迎えに来てもらったが、ヨレヨレである。これではならじと、懸案の仕事(?)に取りかかった。少し調子が出てきた。案の定、日記(金曜)を書くのを忘れている。いま気がついた。CDラジオの具合が悪い。スムーズに連動しないので、パチパチやっていると、日記忘失のことをとつじょ思い起こした。今日は土曜日なのだ。まずい。
1 新聞にコラムの連載がなくなって5年になる。その間、日々の政治経済についてほとんど書いていない。つまりは深くは考えていない。1980年代末から2012年まで、毎日・道新・東京新聞と、マスメディアでコラムを連載し、「日刊さっぽろ」(→「日刊ゲンダイ」)と、に12年にわたって途切れることなくコラムを書き続けてきた。膨大な量になる。過半は、現下の政治経済について書いている。
20代で、「マルクス主義はオールマイティである。」といわれ、納得するところがあった。マルクス主義者は「全能」であるということで、あらゆる分野に精通することを旨とせよ、ということだ。このテーゼは、「哲学」にぴったりだった。哲学は「百学連環」(エンティクロペイ 西周)で、百花繚乱、魑魅魍魎にも関心を示せという含意を含んでいる。おそろしくうぬぼれたテーゼだが、多少のうぬぼれなしに「知を愛する」(知=ソフィ・フィロ=愛)領域に踏み込む資格はない、と思えた。コラムは、このうぬぼれを満たす最上の形式で、谷沢先生が最も得意とするものであった。
もちろん、日々変わるトピックスに手を染めると、間違う。間違わないためには、書かないに越したことはない。ただし、朝令暮改で、書き改めれば良い、とわたしは思う。
2 「生涯現役」、これほど嫌みな言葉はない。「ライフワーク」とともにだ。『日本人の哲学』全5巻全10部を書き上げたら、死んでもいい、と思えた。目標は75才にまでだ。幸いなことに、予定通り書き上げ、刊行することができた。たしかにほっとした。書籍もかなり整理し、住み家も変えた。そしていまや過密で見る影もない「愛郷」にようやく戻ることができた。どんなにジタバタしてもここが死に場所と思える。
残務整理しか残っていないと思えたが、「残務」がバカにならない。いや厚みがある。いまやっているのも残務には違いないが、仕事(work=業績)の残滓である。ただし、自分の残務であり、「現役」の仕事ではない。
3 宮脇俊三『時刻表昭和史』(1955 角川選書〔角川文庫〕)は素晴らしい。宮脇さんは、埼玉出身だが、香川選出の衆議院議員の二男(末子)で、小さいときから時刻表と乗車旅をひとえに愛した人だ。1926年生まれで、戦争に招集されなかったギリギリの世代で、敗戦間近まで汽車で旅をすることに専心努力した希有の人である。といっても奇人ではない。マニアックでも、「鉄路」と「時刻表」にかんしてだ(とはいえないか)。
わたしは元来ケチだから、宮脇さんのように、一等車に乗ったことはない。寝台車(「日本海」)にはあるが、3段式の二等(戦前なら三等)車だ。青森から、常磐線回りでも、日本海回りでも、大阪までは遠い。一昼夜、車中はほどんど無言だ。煤煙でベトベトになる。それでも一向に苦にならなかった。自動車に乗るようになって、汽車に乗ることはほとんどなくなったが、予想外の沿線電車に乗ってしまうことがある。
わたしに特別な趣味はないが、ときに目的なしに鉄路を行く。宮崎さんは、時刻表熱と鉄道熱が高じて、51才で早期退職(筑摩書房常務)し、鉄道作家になった。ただし宮崎さん、非常識ではない。酒すきなのは同じだが、温泉はわたしの好みではない。