◆181221 読書日々 913
歯が9本、落ちた。
1 谷沢永一先生は、わたしの知るかぎりで最大の読書家であった。知的関心欲はまさに「鬼」であった。知りたがりだ。だが読書量や知識質(「誰彼についてはわたしに聞け」など)を誇ることはされず、むしろ「勘所」を先人から学んだということを強調された。とくに小西甚一と中村幸彦に学びなさいといわれた。といってもたとえば、司馬遼太郎「書庫」の閲覧を許されたとき、学者たちの「……論」が少なく、郷土史等がずらりと並んでいたことを特記し、司馬さんの独特の人間観の好悪の由来をすっと指摘する。「三宅雪嶺にあり」と。わたしも先生に「多少」は学ぼうとしてきた。
いま妙な本を読んでいる。青柳緑『李王の刺客』(潮出版 1971)で、類なく面白い。といっても『始皇帝暗殺』(荊軻刺秦王 1998)のようなドラマではない。金玉均暗殺者のドラマというかドタバタ劇だ。著者(元毎日新聞記者 1914生)の歴史観もまったく同意しがたい旧弊で紋切り型だ。それでも洪鐘宇という「暗殺者」が等身大(?)で登場する。発話し行動する。もちろん著者の筆になる人物としてだ。時代の背景も画面に映る。なんだ小説じゃないか、というなかれ。伝記であろうが、評伝であろうが、著者にフィクションを記しているのだという自覚がなければ、どれほどの「論」でもつまらんチンになる。
そういういえば思い出す。『増田甲斎』(潮出版 1993)という本だ。著者の木村勝美(1941年生)はノンフィクションと銘打っているが、「日露外交の先駆者」物語として立派に通用する、とても面白い本だ。(潮出版といえば、編集者の背戸逸夫だが、残念ながら、貴重な酒友を昨年失った。)
何でそんな本を読むのというなかれ。「福沢諭吉の事件簿」を書いているからだ。諭吉の「尻尾」の一つでもつかみたいからだ。ただ残念なことに安彦良和『イエス伝』のような創造=想像力に欠けているので、なかなかつらい。工夫がいるが、類型を免れがたい。「論」の人間なんだなー。
2 12/14~17、上京した。一つはすぐ下の妹夫婦に会うためだ。それで、他人の家に泊るのが苦手であった習慣を破って、30年ぶりくらいだろうか、2晩横浜で他家に泊ってきた。
話は尽きないというが、レコードの空回りよろしく、というのがこの歳になってのもので、新味はないがなかなかのものだった。(ほとんど憶えていないが!?)
しかも初日、亭主のフーちゃんと二人で美酒に酔って、次の日の移動は苦しかったこと。どこを歩いているか分からなかったほどだが、なんとなく目的地(渋谷近辺)に着いてしまった。
巡礼友の会のメンバー10人限りの忘年会だ。わたしがリクエストした。夜の部も設定してくれて、至れり尽くせりだった。ありがとう。夜の参加6人のうちには、お茶大を出たスドウクミコ君も参加(わたしは急に歯がきしみだしたが)、もりあがった。その晩、新宿の定宿に泊り、顔を洗ったところ、義歯が一列ぽろっと落ちた。まさにフガフガである。
翌日、横浜で岩崎さんとキヨさんとあって飲む約束をしていたので、ひとまず横浜に向かったが、いつもの癖で、時間があったので鈍行に乗り換え、北鎌倉で下車。「点と線」の北鎌倉であり、漱石が座禅を組んだ大覚寺の北鎌倉だ。上の歯がないじじいが三日酔いのまま大覚寺境内をとぼとぼと歩いた。これはいい。というか……歳相応だった。
1時、岩崎さんとキヨさんとあって野毛の店(うなぎ・ふぐ)に入った。昨晩の後片付けをまだしていない店だったが、入れてくれた。3時過ぎにそこを出て、教えられた樹木希林の実家「叶家」にゆく。立派だが寒い。わたしは歯がないので、食えないというか味がない。それでも楽しく飲んで別れた。この3人、酔うと長いが、今日はわたしの不調で、はやばやと妹の家へ。本当に面倒をかけた。
17日、11:30、二子玉川の高島屋で、高校時代の同級生、岡部君と会う約束。鬼頭さんに斡旋してもらった。岡部ともう一人いたが、同級(同期)で特別と思えた人間だ。会えたのは20年いや30年ぶりじゃないだろうか。死地(?)から生還したことは聞いていた。弁護士活動も続けている。2時間余り、これで級友のことは全部忘れてもいい、という思いがした。鬼頭さんありがとう。
それにしても、歯が欠け、腰が痛く、体が動かない。しかも風邪気味だ。よくよく無事に帰れたものだ。丈夫な体なんだね、と自分ながら感心。だが笑えない。