読書日々 949

◆190830 読書日々 949
中野重治『斎藤茂吉ノオト』
 1 ひさしぶりに、というか、一年ぶりにといった方がいいか、長沼に行った。連あいの車に便乗してだが、彼女はがときどき戻って、草を刈り、旧家の残務整理をしている。それあるか、地震の被害に遭ったが、まだまだ住めるように整備されてある。
 居間と台所は歯の抜けたようにだだっ広くなっている。この居間に寝転んで、雪見酒としゃれこんでいたことが懐かしく思われる。書斎と書庫は、まったく整理が行き届かぬ状態に見えるが、やはり規子さんの手が入っているのが分かる。
 ザッと見たが、宮本常一の残本、角川の漢和中辞典(新字源は活字が小さく、裸眼でしか見えない)を抱えたところ、中野重治『斎藤茂吉ノオト』が目に飛び込んできた。古本屋が持ち残した本だ。谷沢先生推奨の本で、茂吉や重治の本は愛読してきたが、肝心要のこの本を手に取った記憶が「ない」(全集では読んでいる)。奥付を見ると、初版(のよう)だ。昭和16年6月30日発行、筑摩書房刊である。ところが「前書」を読むとその記述日が17年3月(高椋村一本田 *重治の郷里福井))とある。和田芳恵『筑摩書房の三十年』によると、発行日は昭和17年6月とある。これが正確で、初版の奥付年月日は、「誤植」(のようだ)。なお中野『中野重治随筆抄』(15年6月18日)は筑摩の発行第一作目(すぐ遅れて他の作家の二冊が出たが)、これがのちに筑摩から中野重治全集を出す機縁となった。
 2 あと2節を残して、三宅雪嶺(遺稿)『東洋教政対西洋教政』(上下 実業之世界社 1947)の摘出ノートが終わる。「教政」とは、政治経済(道徳・教育・法を含む)の分野で、シナと西欧を比較してその歴史をたどり、日本の政経におよぶという、きわめて重厚かつ簡潔な内容に満ちている。
 のちに梅棹忠夫が生態史観を提起したが、シナに封建制がなく(薄く)、日本(欧州)に封建制がある(厚い)、それが日本の「進化」(変異)の因となったという史観とつながる。面白い。封建は近代の対立物だが、同時に近代を生み出す起動力でもあるという見方に注目したい。
 雪嶺の遺稿4部構成の「エンチクロペディ」は、『東西の美術関係』を残して終わる。まだまだ道とおしだが、難題中の難題を(トンネル)を抜けると、そのずっとさきにだが、光が見えるような気がする。錯覚でないことを祈っている。
 3 技術について(続)、
 1 吉本に次いで、二番目に決定的影響を受けたのは、梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書 1969)であった。梅棹に触発されて、こう書いた。
〈1 技術は複製される。芸術は創造されるか?
 技術と芸術は、通常、大きく誤解されている。テクノロジーとは何度でも再生可能な複製能力であり、アートはたった一度の、再生不能な創造能力である、というのが常識でも学知でも、一般的な考え方だ。
 だが技術が窮まれば芸術に接近し、芸術が窮まれば技術に接近する。
 たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロなどの作品は芸術だろう。ところが、どのように創作するかというと、ほとんどの作品は、設計図を細かく書き、部分ごとに一つずつ仕上げてゆいく。たいていは、弟子が部品を仕上げる。その部品を組み上げて、全体=芸術作品ができあがる。これはまさに技術の産物といえないか? いえる。
 彼らは、技術を統括、演出したという点でいえば、芸術家〔クリエイタ〕といえるが、その個々のものはすべて技術を組み合わせて作られている。機械技術と本質的には変わりない。奈良の大仏がそうだ。小さい模型をつくることからはじまり、部分部分を一つずつつくり、それらを組み立てていく。まさに技術の結集といえる。こうして出来きあがったものでも、まぎれもない芸術作品だろう。
 優れた技術は限りなく芸術に近づき、優れた芸術もまた限りなく技術に近づくといえる。つまり芸術が極まれば、だれでも真似ができる部分に分解でき、複製可能になるのだ。
 コンピュータの心臓といえるIC(integrated circuit 集積回路)の拡大模型図は、はじめは人間の手で書かれたものだ。精密機械の部品を作るための金型も職人の手製で、カーブや薄さの微妙な部分の仕上げは、ベテランの職人でしかできない至芸だ。まぎれもない芸術であり、最高峰の技術ともいえる。その他、新幹線の頭部や宇宙衛星用のロケットの先端部分の「帽子」の流線型のラインなども、最初は、人間の手で描かれ、職人の手で模型が作られたり、合成板が叩き出されるのだ。まさに芸術家の仕事だ。これらは、最初、誰も真似のできない、いわば芸術の範疇に属したものだ。しかしそれがいったん出来上がれば、誰にでも複製可能な技術になる。〉(さらに続く)