◆190906 読書日々 950
『広辞苑の嘘』
残暑が残るが、初秋である。湿度がぐーんと落ちた。それにしても、グラーッ(6度強)と来て一年が経った(そうだ)。とはいえ、ずーっと昔のことのように思われる。朝晩が爽やかに気持ちがいい。酒もすすむというものだ。ま、酒友のほとんどはいまはもういない。残念というほどのことでもない。みんな酒夢を楽しんだと思われる。ひさしぶりに両親のいる夢を見た。ずーんと若いころのだ。そういえば、アルバムを見た(見せられた)せいかもしれない。
1 出版には校正者が欠かせない。わたしの本には「誤植」(ただの間違いも含めて)が多い。汗顔の至りだ(とまず前置きしなくてはいえないことをいう)。
本(書籍)だけはたくさん出してきた。32・33才からだから、かれこれ45年になる。おそらく韓・シナ・台・ベトナム語訳書12冊を含めると、単・共著を併せると、270冊を優に超えるだろう。そのなかには500頁を超える本も、10数冊におよぶ。まるでパルプ本の著者みたいな分量だ。だからというわけではないが、新刊を開いていつも「しまった」という繰り言ばかりだ。責任は著者にある。
でも話は校正者のことだ。「誤植」の問題ではない。記述内容の「?」(質疑)に、「広辞苑(岩波書店)ではこうある」というメモをやたらと付す人がいる(多い)。校正には(著者を含めて)先ず辞書を引くべし、といわれる。本当だ。だが「広辞苑にはこうある」と言われると、端から信じがたくなる。「広辞苑」の語釈には、まことに不可解な記述が多い。
わたしは、大学に入った年に『広辞苑』(第1版)を買ったが、辞典と事典を兼ねた一種の百科事典という謳い文句に惹かれた。ところがずいぶん偏った内容に戸惑った。それで、歴史評価や人物鑑定について、この辞書を信用するのをやめた。この辞典を信用して原稿を書いたら、とんでもないことになる。そう思えた。しかし、辞書なしには原稿を書くことはできない。つまりは複数の辞典が必要だ。「広辞苑」は敗戦後の出版なのに、「権威」を獲得した。なぜか? その謎を徹底解明したのが谷沢永一・渡部昇一『広辞苑の嘘』(光文社 2001)である。もちろんどんな辞典にも特色とともに欠陥がある。万遺漏なきを計っても、漏れるもの、誤謬はある。だが広辞苑の場合、特色=欠陥が半端ないのだ。根本が歪んでいる。「広辞苑には要注意」、といいたい。
2 技術(3)
〈独創的なものは平凡に見えるーー複製芸術
「真に独創的なものというのは目立たないものだ。」
これはカントの言葉だが、優れた芸術は出来上がると独創性を主張しないものだ。〔わたしが、モンドリアンに同感しても、ピカソにいつまでも違和感をもつ理由である。〕いつまでもごつごつ、目立ってしまうものは、いつかゴミになる、といいたくなる。
「複製芸術」という言葉には、亜流というイメージがある。だが芸術は、複製されるぐらいにまでなると、相当なものだという証拠なのだ。技術も創造的な技術になれば、「超」技術なる。
つまり芸術と技術とは両極で結びつく。短冊形の紙の上では、両端に芸術と技術が位置するが、紙を曲げると両端が近づく。本物の創造的なもの=芸術は複製でき、それが技術になって初めて人類の役に立つのではないだろうか。
3 革命は芸術か、技術かーーレーニンとトロッキー
そこで思い出されるのが、レーニンとトロッキーだ。二人はロシア革命を実現させた天才といわれる。だが革命(「いつ蜂起するか?」)に対する考え方は全く違った。
トロッキーは、革命は芸術であり、一回きりの創造的活動であると考えた。レーニンは、革命は技術であり、何度やっても成功する方法、はじめたら必ず勝利するようなものでなければならない、と考えた。レーニンの革命論には、敗北はありえず、もしあったとしたら、永遠の死にほかならなかった。
だからレーニンは絶対に勝つ方法を考えた。それは恐るべきものである。
自国を戦争に追いやる。敗北し、旧権力が混乱、解体した無政府状態のときこそ、戦争から帰った軍人や戦争(敗戦)に不満を抱く人たちを糾合して、旧政権打倒の内乱を起こし、権力を握るというものだ。「自国の敗北」、「二重権力から独裁権力」で、根本は「銃口から革命」である。
ここでキャスティングボートを握るのが、職業革命家集団=共産党とその指導だ。共産党=前衛グループは、戦争をおこし、敗北して国が荒廃する、その時にこそ自分たちが政権を掴むチャンスである、と考えたのだ。だから、戦争を起こすこと、敗北すること、内乱状態になること、自国の荒廃と焦土化こそが、革命のチャンスである、と考えた。
会社でいえば、会社を破産に追い込み、旧経営陣を追いだしたあとこそ、労働組合を指導していたグループが権力をにぎるチャンスが生まれる、というようなものだ。つまり「倒産」した国だけが社会主義になる、と考えたのだ。だからまず「倒産」状態に追い込め、ということになる。恐ろしく乱暴だが、凄い〔リアルだ〕。〉(『知的に生きるための思考術』PHP 2000、のち『これでわかった「現代思想・哲学」大全』〔講談社現代文庫 2005〕に収録) *「技術」はあといっかい続く。最近の連続ドラマの〈最終章〉のようなものだ。勘弁を。