読書日々 1002

◆200904 読書日々 1002 比較で考える
 大型台風が九州をかすめ、韓国を直撃した。より大型の10号が接近、進路は九州西端をそれる模様だが、予報が風速80m/秒というのだがら、おそれいる。たしか裕次郎の映画に「風速40メートル」というのがあった。その倍なのだ。もちろん世界は広い。最大風速80メートルはある。不可思議ではないが。
 1 ただし、天気予報、正確を期すといいながら、「転ばぬ先の杖」(Better safe than sorry.)よろしきをえている。だから「予報」は、多少にかかわわらず、原寸より拡大解釈される。ま、自然は生きている。縮小もあれば拡大もあるが。
 わたしの性癖(哲学)として、誇張を好まない。つねに比較(関係性)でとらえ、判断する。
 小学生の時、十勝沖地震にであった。70年前のことだ。当時、国道12号線は、旭町から北へ左折し、およそ500メートル直進、わたしの家・店の前で、右折し、江別方面へと伸びていた。これが国鉄バスが走る、わが田舎・厚別の唯一のメインストリートであった。
 地震時、先生の指令で、いっせいに机の下にもぐり込み、すぐに第二指令で、身一つ、校舎の外に走り出た。夢中であった。メインストリートはまだ揺れていたが、一目散に家へ飛んで帰った。しばらくして揺れが収まった頃をみはからい、外へ出たが、体はまだ揺れているように感じた。
 道路の中央に、それほど大きくはなかったが、地割れを目撃し、ずらりと並んだ校舎のレンガ造りの煙突が、物の見事に地面に落下している。ふたたびわたしの体は揺れを感じた。
 わたしの「地震」体験は、この最初に遭遇した地震(体験)との比較で計られる。
 2 「比較」でものを考えるな。判断するな。重要なのはそのもの自体にある。あなた自身が、他との比較で、何番ではなく、あなた自身のよさ(タレント=能力)いかんにある。あなたのなかにある能力(潜在能力)を見いだし、それを育て上げて行くことが重要だ。こういわれる。
 わたしは多少とも臍曲りだったから、高校の教師に習字(書道)と絵画(美術)がベターといわれたので、けっして書道家や絵描きになってはいけない、なろうとしてもいけない、おだてに乗るな、と判断した。
 特別なタレント(才能)を持ち合わせていないのだから、ガリ勉でゆくしかない、と思えた。ただしガリ勉のほうも中途半端ではあったが。でも、他と比較して、多少は許せると思ったのだから、自分に甘い。
 教師をしていたとき、ゼミ生に、大学を出たら頑張るので、どんな大学を出たかは関係ないですね、と強く尋ねられたことが幾度となくあった。その都度、わたしの経験上、大学受験でも、大学に入っても、学ぶ経験を持たなかった人が、大学を出て学ぶ習慣を身につけるのは、不可能ではないが、とても難しい(不可能に近い)、と思えた。しかし、それを率直に口にすることは多少とも控えた。
 わたしが書いた本を読んでくれればおのずと分かると思えたが、こういう子は「本」(書物)などを買わないし、ましてや読まない。実に残念なかとだが。
 3 大航海時代、制海権を握った国が世界の覇者になった。16世紀から、葡(ポ)、西(ス)、蘭(オ)、そして英へと世界の覇権国は変わっていった。パックスブリタニカ(英の下に世界平和)が実現する。
 19世紀の第一次世界大戦後、制空権が決定的要素となってゆく。独が欧州で、ついで米が東亜で制空権を握る。独はソ連に強行侵入する。戦闘機を動かす燃料を欠くため、バクー等の石油基地を確保するためだった。ソ連(スターリン)は露奧へ前線をつぎつぎに後退させ、独は石油確保はならず、空中分解を余儀なくされる。
 三宅雪嶺は制空権の重要性を理解していた。だが、独のソ連侵入の必然(必要)性を理解していない。米空軍の大量襲来を予測したが、その結末について、一行も記し留めることは出来なかった。