2013.2.15
2/14から、『文芸の哲学』を中断して、新しい仕事を本格始動した。13歳の息子に父親が、何をいうべきか、いうことができるか、という至極難しい問題がテーマである。(*ちなみにわたしは自分の息子に、13のときも、15のときも、18のときも、ほとんど何もいわなかった、と記憶している。大学を卒業する時、進路を190度転換したいと相談されて、賛成し、その打開の道を探る助言をしたくらいである。もっとも資金援助はしたが。)13歳は息子も娘も非常にむずかしい。親がいうべきことはほんのわずかで、一言でもいってはいけない言葉に満ちている。
最近いくようになった居酒屋「たぱす」(南2西7)はありがたいことに4時にはじまる。6時まではハッピー・アワー(サービスタイム)というありがたい恩典がつく。客はしずかでいい。それに旨い酒もある。2/12歯科医の帰りに立ち寄った。客が一人。ママさんの中学の同級生とのこと。市会議員を2期やって、前回の参議院選に民主から出馬して落選した藤川さんという方だった。徳永エリさんが圧勝したので、その割を食らっての落選だったと憶えている。酒場で政治の話をしてはいけないと思いつつ、相手が相手で、ついそのほうに向かう。うまい具合に藤川さん、同窓会(?)のようなものがあり、退出され、ほっとした。
「木曽路」から「きらく」へとつくと、店主(わたしの妹)、酒友の女2人がいた。いろいろ話しているうちに、なんのきっかけだったのか、女たちがそろって姜尚中(かんさんじゅ)がいいという。妹などは姜の『悩む力』を読んでいて、その書きっぷりが別れた亭主の鶴見に似ている、とてもいい、などと、とんでもないことをいう。もっともわたしにとって「とんでもない」ということなのだろう。Kさんは姜の話っぷりが素敵などという。そうだろうな、と思うところがあるが、姜はいわゆる岩波・朝日に代表される文化的進歩人の「掉尾」(?)を飾る評論家で、大江健三郎を単純化したようなことしかいわない。東大教授の肩書きを持つが、研究書とよぶにふさわしい著作をもっていない。そんなところが「悩む」力のない女たちを感心させるのかもしれない。などというと、妹やk女史の知力を疑っているようなことになるが、姜にかぎってはその通りだ。もっと珍妙だったのは、こんど北大を辞めて法政大学に移る山口二郎をKがすきだということだ。蓼食う虫も好きずきではないが、山口が民主に肩入れし、そのことごとくが空無に帰したなどは、どうでもいいことではないだろう。
2/14 BSプレミアムの「歴史観」で「壬申の乱」を観た。渡辺真理が司会で、 歴史研究者の倉本一宏、漫画家の里中満智子、田原総一朗が出演者である。日本書紀の「天武紀(上)」は「壬申の乱」一色である。戦記で、南朝(吉野の大海人)の圧勝に終わる。『日本人の哲学1』で少しく論じた。TVでは、そもそも北朝(近江の大友)は大海人を追討する気などなく、終止、防戦に回っていた、という。その通りかもしれない。ただし、TVでは、日本書紀に、大化の改新で大功をあげた藤原一族の動向はまったくといっていいほど出てこない、ということに触れていなかった。
2/13は歴史上のライバルを検証する番組で、足利尊氏と楠木正成を対決させる。歴史家の加来(かく)耕三さんが非常にていねいに『太平記』の記述を生かし、かつ訂正しながら、両者のちがいを説明していた。『太平記』はマンガ「日本の古典」、さいとう・たかお(上中下)でも読んだが、この物語は後醍醐というとんでもない「超人意識」の天皇の「生霊」そして「死霊」が「歴史」を動かし、登場人物たちを翻弄するという仕掛けになっている。尊氏も正成も後醍醐の操り人形のように思える。こんな帝王が現れると、チャイナの王朝がそうだったように、王朝死滅に陥る。『太平記』は「天下を太平する」というような隠微なものではなく、ひたすら後醍醐の怨霊を「太平」=鎮魂するための書に思えてくる。