読書日々 1106

◆220902 読書日々 1106 ゴルバチョフが亡くなった。まだ、90歳前であった
 晴れ。過ごしやすい日々が続く。多少、膝が痛いかな。
 1 ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ(1931~20220830)が亡くなった。ソビエト社会主義連邦最後の指導者(共産党書記長 1985~1991)であった。権力の座から滑り落ちて30年余、ずいぶん長生きしたものである。だがすでに100歳を超えているのではと思っていたが、まだ80代であった。何、私と10ほども隔たっていなかったのだ。
 国家権力の最高執行者として、ゴルバチョフを「評価」すれば、ソ連の危機を「共産党の国家独裁」の危機として捉え、国家権力(政府・議会・軍等)から共産党支配を排除・切断することを目し、実行し、「実現」したことたにある。自己否定を、望むと望まないとにかかわらず、実現してしまったのだから、凄いというか、怪物の1人というほかない。
 プーチンが、ゴルバチョフに弔意を示さなかった第一の理由がここにある。ウクライナ侵攻の困難を、政府・議会・軍・警察・報道機関等の独裁支配強化によって乗り切ろうとしているプーチンにとって、当然のことだ。
 私は、ゴルバチョフの社会主義を維持するための改革路線、ペレストロイカ(再構築=構造改革)とグラスノスチ(公開性)は、自由市場経済の導入(=共産主義の否定)と共産党独裁の否定に帰結し、ついには、ソ連邦の崩壊に至る、と指摘し、顰蹙を買ったが、遺憾ながら、的中した。それから30年である。
 2 1年半ぶりに、街に出た。「きらく」(妹の店)の後始末等々でお世話になったご両人、中田美知子・和田由美両氏のお礼も兼ねて、まず「タパス」でビールと食事で腹を満たし、何年ぶりかで「エルミタージュ」へ足を向けた。もう随分前になるし、両氏も憶えていないと思うが、中田さん、この店で、バーテンダーの中田嬢に向って、店で一番高いウイスキーを飲みたいと宣った。この店、尋常ではない高いウイスキーがあるはずだ。ま、この夜は両氏とも穏やかだった。私は、もうかなり酔ってて、いつものジンフィズを注文するのも忘れていた。
 ところで、タパスで、紳士に声を掛けられた。立って、御挨拶をしたことは憶えている。名刺をもらったのは、まったく失念していた。帰宅しての翌朝、名刺が机の上にある。「華岡慶一」、あの華岡青洲の御一族に違いない。この店ではジッチャンで通っている。ときに名乗られた事実さえ、まったく憶えていないことがある。まいいさ。しかたない。
 3 自著に、書評集が1ダースほどある。ほとんどタダ同然で、だが本が1冊タダで手に入り、じっくり(だが「締め切り」があるので、素早く読めて)活字になるだけでイイ、と考えてきた。それに、積み残しの書評を集めた「集成」本が3冊になる。
 そして、読書論(術)が7冊ある。最後の1冊は、新書版の注文で書いたが、編集者と折り合いが付かず、未刊のままにした。書題を「21世紀の読書」と銘打ったが、再読(2版)してみて、なんとまあ、わたしの「読書原論」になっているではないか。(歳がいくにしたがって、自分に大甘になる。寛恕されたい。)
 4 ゴルバチョフについて、もう少し語りたい。
 彼の改革は、ソ連を崩壊に導き、同時に、ロシアの復活を可能にしたが、ロシア人の多くはそうは思っていないように見える。ゴルバチョフこそ、ソ連を崩壊(敗戦)同然に導いた張本人だ。許しがたい。こう漠然とにしろ考えているように思える。
 どの国の国民でも、自国の不幸に甘んじることは難しい。日本が、アメリカだけでなく、その一部でもソ連に占領支配されたら、ソ連を、諸手を挙げて「解放勢力」として歓迎することことが出来ただろうか? アメリカ占領に対してさえ、「ヤンキーゴーホーム!」という怨念が消えるのは、難しかったのだ。