読書日々 1114

◆221028 読書日々 1114 座学「症」
 寒気が急降下でやってきた。といっても寒いのは当然なのだ。もうすぐ11月、いつものようにここ札幌は立派な「冬」だ。
 先週、ひさしぶりに妻の車に便乗して、長沼は馬追の旧宅へいった。探す本もあった。ところが車を降りて、腰がへなへなとなった。マズイと思ったが、腰痛だ。情けなくも、一瞬、息が停まりそうであった。
 1 大学に入ってから、ずーっと座学である。腰は強い方だった。座り続けても、最初にストップ状態になるのは視力だった。いわゆる「視力」は0.01とかなんとかで、弱視程度だった。.しかし徹夜は普通だったから、「眼」の耐久力は強かったと思える。
 それでも退職して、12~15年に、『日本人の哲学』(5巻10部)を書きあげることに熱中し、便器に座ると立ち上がることが難しい状態になった。
 歩行練習をしなくては、と意を決してそろそろと庭から続く馬追山の緩いスロープを下って行くと、ハイジ牧場との境界線上に、「一歩」に満たない溝が切ってある。たまり水に、春の光がさんさんと降っていた。足を出して越そうとするが、竦んだように足が出ない。跳び上がろうとしたが、バネが利かない。どっと汗が出てきた。やむなく。そろそろともと来たコースを戻ろうとするが、傾斜がせり出すように迫ってきて、その場にうずくまってしまった。73歳、その日から2週間、毎日歩道を匍うように歩いた。というかひたすらまっすぐに歩く練習をした。
 2 2017年、馬追から厚別に戻った。1号室が私に与えられた空間だ。最低限の書籍が、旧事務所のあった2階(2011号)にある。贅沢といえば贅沢だが、2階に行くのは1年に10指に足りない回数だ。
 やりたい仕事は決まっていた。『福沢諭吉の事件簿』と『三宅雪嶺』で、時間はたっぷりある。その余暇を鮎川哲也のミステリを読むことにした。理由は単純で、鮎川の処女作『ペトロフ事件』と代表作で鉄道ミステリの最初にして最高の傑作『黒いトランク』(1956)を「読解」出来なかったことによる。ま、『黒いトランク』(1958)に清張『点と線』を比肩するなど、とても出来ない相談だ。
 およそ8ヶ月、床に寝そべって、ひたすら鮎川の推理小説に熱中すること半年、2回目の腰痛に襲われた。
 18年の冬、長靴を履いて、道の滑る中、函館本線を境に、あっちへそろそろ、こっちへそろそろ、歩く練習を続けた。およそ2カ月、この並足歩行が続いたのではなかったろうか。厚別は山がない。しかし歩いてみるとよくよく分るが、緩やかなスロープ状のでこぼこがある。歩くにはとてもいい地盤・地形なのだ。それに、ずっと昔(70年前)の地形も、今はコンクリートに掩われている箇所が多いが、原型は残っている。これを発見して歩くのはなかなか面白い。
 3 だが、2020年に諭吉も雪嶺も終えると、「仕事」(日課=座学)が途絶えた。それで、旧著を読み直し、新版・新編集の主要著作をまとめてデジタル著作集で残そうという作業に取りかかることにした。なんと30巻になる。ま、これだけ整理すれば、私の人生もOK、いつ幕を閉じても後悔なし、というところまで来たことになる。
 それで、ほぼ一年、「校正」を日課にし、続けている。それで知らずのうちに、腰がへなへなになったわけだ。気づくのが遅すぎた。3度目のピンチだ。ま、今回は、老化現象でもある。
 今月.三年ぶりの高校の同期会があった。80名余集まったが、当然ながら、80歳を超えているのだ。総じて老化している。頭部もそうだが、足腰の老化は否めない。自然現象であるといってしまえば終わるものの、私のは敢えて「座学」の結果だという。まだ数巻残っている。そろそろ歩いて、座学に耐えなければ、楽しみが減ろうというものだ。明日もまた、そろそろと裏道を歩こう。ただし杖をもっている。万歩計は、一歩の表示計算を半減する。見苦しいかぎりだが、座学のためだ。