◆140321 読書日々 664
書くために本を買う。買うと、さらに書きたくなる
板室温泉で、体にたまったしこりが抜けたのか、節々が痛いものの、気分がいい。「日本人の哲学5」『歴史の哲学』順調。まだ序盤(75枚)だが、山を登り切った気分になっている。ただし、くだりが難しいのは、いつものことだが、
20日、規子さんが上京、娘が産休+保育所待ちで3年間休んだ会社の復帰ということもある。義母の墓参りをかねて、25日まで滞在という。ま、孫娘の顔見たさが大半だろう。
3/20 「たぱす」にゆく。日本の高校で6年間英語を教えているNY大出身の青年が、片言の日本語で入ってきた。一緒に日本酒を飲んだ。漢字はダメらしい。36歳、パートタイムだそうだが、じつに屈託がない。明日、恋人と合流するらしい。
赤川次郎は日本でいちばん本が売れている作家で、26歳から書きはじめて3億部を軽く突破したそうだ。まだ現役だから、司馬さんもとうてい叶わないのではないだろうか。といっても、1部の厚さが違うが。
もっと驚くのは、作家生活5年目から20年間、平均月産500枚書いていたというから恐れ入る。月に1200枚書いたときもあったそうで、1日40枚だ。書いて、書けないことはないだろうが、1日も休めない。他人の本などほとんど読む暇なし。年間、休筆が2日だそうだ。それでも書くのだから、よほど書くのが好きで、性に合っているのだろう。今年65歳で、それでも月400枚だそうだ。まだまだ、注文があれば書く意欲がある。
以上『作家の決断』(文春新書 2014.3.20)からで、日大芸術学部の学生が、授業の課題で取り組んだ19人の作家インタビューからである。
わたしもずいぶんたくさん書いてきた。32歳ころから書きはじめて、40年ひっきりなしに書いている。病気も長期休筆もない。じつに丈夫なマシンだ。といっても月産で最高が600枚くらいではないだろうか。ただしこれだけつづけて書いてこられたのは、パソコンのおかげだ。一書丸ごとはじめてPCで書いたのが、90年のことで、その『大学教授になる方法』(青弓社)が91年に出た。どっとスピードが上がった。それでも注文がないときはある。暇なときは「改訂版」を作ることにしている。
いま自選の鷲田小彌太全集がハードディスクの中に入っている。旧稿は全部改稿してある。全10+別巻1、1巻平均1500枚、ただし、別巻は『日本人の哲学』全10部5巻で、これだけで700×5=3500枚になる。2巻は既刊で、第3巻はほぼめどが付いたが、あとの2巻は、真っ白である。もっとも「全集」というのは自称で、わたしの書いたものの1/10程度の分量ではないだろうか。
前書で、津本陽は、月300枚書けば、それが普通になり、600枚書けばそれはやがて普通になる、と述べている。慣れだ、ということとともに、つねに自分を奮い立たせているようにも思える。そんなに書いて、どうするの、という声もよくわたしの周囲からも聞こえるが、じつに「山があるから登るんだ」という答えと同じである。書くのをやまればすっきりするが、寂しい。「口元が寂しい」という言い方と同じだ。
なぜ酒を飲むの、そんなに呑んでどうするの、とも聞かれる。酒は呑める。きりなく呑むことができる。死ぬまで呑める。呑みつつ死ぬことだってできる。食い物は、どんなに好きだといっても、食い続けることはできない。ま、屁理屈だけれどね。
40歳を過ぎてから、「書くため」に大量の本を手に取るようになった。いちばんまずかったのは、わずか1年半の寿命しかなかったが、20坪ほどの書庫を作ったことではなかったか。長沼に来て、増改築を2度ほどし、書庫を倍増したが、間に合わなかった。もっと悪かったのは、ある時期から私設助手に本の整理を頼んだことだ。本を野放図に、増えるままにしたことだ。退職前後に、2度ほど古本屋にたたき売ったが、金額は全部で10万ちょっと、しかもすぐに空きがなくなった。書かなければ本は増えない。本があるから書く。ま、そんなジレンマの連続ですね。