読書日々 1616 米の原産地はどこか

◆読書日々 231027 1616 米の原産地はどこか?
 例年、この時期にガス暖房機を稼働させる。生来の寒がり屋で、関西生活23年間、冬の寒さにはほとほと苦しめられたが、帰郷して40年、外気の寒さは格段に増したものの、伊賀の8年間と長沼(伊賀神戸)の32年間の暖房「環境」はまずまずで、むしろ「快適」だったといっていい。
 一昨日から、雲なき晴天で、ぐんと湿気が低くなった。体は丈夫なのに、乾燥肌で、厄介だ。これは苦情と言うより、愚痴の類だが。
 1 TVの「再」放送に注意している。24日のBS(NHK 2010)「米食う人々」は、初見の時の記憶も強かったが、そのあとすぐ、『日本人の哲学』第④巻「自然の哲学」を書き下ろし、「2 植物 中尾佐助」の項で、「稲の原産地」に触れた箇所と深く関連していた。
 日本は「瑞穂の国」で、米を「主食」としてきた民族である、というのが暗黙に流通してきた常識となってきた。だが、中尾は、「食」=米(植物)の原産地紀行で、マリのニジェール川流域が、米の原産地の一つだと明示する。そのマリがサハラ砂漠に接した大乾燥地帯で、その主食が、ニジェール川の増水期、全長5メータにもなる在来の浮稲米とアジア系原産のザンビア米だとするのが、現地調査報告「米食う人々」である。改めて納得させられた。
 アフリカの乾燥地帯に接する、ニジェール川(現マリ共和国)流域が米の原産地である。これは、日本だけでなく、ミヤンマーに行ったときのわたしの経験とは「真逆」だ。なぜか? 降水に恵まれた日本や東南アジア諸国の人間にとっては、「意外」の感を受けるからだ。だが、大河ニジェール(4200km)の上.中流には、雨期があり、その中流に灌漑するに十分な、下流には十分すぎる(水没しても最長5mに成長する茎)水をもたらす。
 マリ人は3食が米で、しかも日本人の3~5倍強の米を食する。そのレポーターが、勝村政信とマリに留学していた日大3年の北山瑞希である。素人ぽくて、好感がもてた。
 2 中尾佐助について一言。
 『栽培植物と農耕の起源』(1966)は、中尾の主著の一つだが、今西錦司『人類の誕生』(1968)の、後に今西が認めたように、「共著」者の一人だ。
 今西錦司全集は、今西の「自選著作集」で、『人類の誕生』を、単著ではなく、池田次郎(人骨)、河合雅雄(ニホンザルとゴリラ)、伊谷純一郎(チンパンジーと未開人)を共著者と認知したが、「農耕はじまる」は、内容上、今西の短い「あとがき」で、池田他のあとに、「適切な助言」者として名を列記した中尾佐助(大阪府大教授)『栽培植物と農耕の起源』(1966)に(ほとんど全面的に)依拠しているだけではなく、中尾著を、「農耕発生の多源説を体系化し、これを四つの独立に発生した農耕文化として提出した。この本は英訳でもすれば、日本人が世界に誇りうる名著の一つになることであろう。」と記している。
 3 その『栽培植物と農耕の起源』は、「文化」(culture)の原義を問い、「耕す」(cultivate)で、「地を耕して作物を育てること」だと記す。「農耕」こそ、人類史を貫く文化の原初的かつ中核的存在である、というわけだ。中尾の言葉でいえば、「人類はかつて猿であった時代から毎日食べ続けてきて、原子力を利用するようになった現代までやってきた。」ということになる。その核心に、「農耕文化基本複合の四系列がある。
 四系列(と種栽培植物)は、①根栽農耕文化(バナナ・イモ・サトウキビ)、②照葉樹林文化(クズ・チャ・柑橘)、③サバンナ農耕文化(雑穀・マメ・ゴマ)、④地中海農耕文化(ムギ・エンドウ・ビート)であり、別に、新大陸農耕文化(ジャガイモ・トウモロコシ)を立てる。
 ①で特に重要な栽培植物はバナナとイモで、その原産地は、熱帯雨林地帯のマレーシアだ。バナナから農業ははじまった(といえる)。
 ②は東南アジアの熱帯雨林地帯の北方にある、カシ類を主力とする温帯性の森林地帯で、インド北部から日本(東北・北海道を除く)へと北東に細長く伸びる山岳地帯である。
 ③は疎林草原地帯である。「アフリカの草原は天然の雑穀畑」で、「農業のみで、ほとんど完全に人類の栄養を補給することができる」といわれる。(デンプン=雑穀・タンパク=マメ・脂肪質=ゴマをバランスよく摂取できるというわけだ。)
 4 ところで、本書は「一〇億人の主食となるコメ」を、「イネのはじまり」で独立に取りあげる。
 わたしたち(日本人)の常識では、東南アジアを原産・主産地とする主食が米である。だが、本書がいうように、アフリカ・サバンナの禾本〔かほん〕科(=イネ科)がその周辺の湿地帯に広がって、食用となっていった。それが、東南アジアのモンスーン地帯にどのような経緯で伝播してきたのか、は本書でも、現在(二〇一六年現在)でも、わかっていない。しかも、イネは雑穀の一種で、他の雑穀からイネを基本複合としてはっきり区別する理由を見いだせない。「つまり”稲作文化”などという、日本からインドまでに広がる複合地帯は存在しない。そこにあるのは、根栽文化複合の影響を受けたサバンナ文化複合である。」
 この中尾に『ニジェールからナイルへ 農業起源の旅』(1969) 『栽培植物の世界』(1976)『現代文明ふたつの源流 照葉樹林文化・硬葉樹林文化』(1978年)がある。学とエッセイが混合した、紀行記でもある。存分に面白い。