読書日々 670

◆140502 読書日々 670
「革命は銃口から」に繋がる『銃口』
 家にある桜は合計6本だが、まだ咲かない。というか、成木が1本で、花をつけるのが2本、あとは育っていない。花も咲かない。雪や、虫にやられたのだろう。札幌の町並みを走ると、所々に満開のさくらを見る。馬追山はまだだ。家のまことはかばかしくない花でも、咲くと心がほころぶんだが。そういえば今年は辛夷が目立たない。
1 三浦綾子の『銃口』はずいぶん前に読んだ。必要あって再読しようとしたが、書棚にない。そういえば2度目に処分したなかに混じっていたのだろう。これだから本を処分したくなかったが、2度ほど処分して、何度か臍をかんだ。ま、アマゾンで買うとすぐやってくるから、いいか。こう思えるが、物書きの端くれとして、新刊書が売れない理由でもあるのだから、「いいか」では済まされないのだが。
2 戦時中、長沼出身の野呂栄太郎が、世界共産党日本支部の中央委員長で、逮捕され、病没した。野呂の委員長時代、党は官憲のスパイM(中央委員)の手の中にアリ、野呂はそのMを擁護し、結局、Mの手引きもあって逮捕されたのだった。野呂は、戦後、反戦平和の輝ける旗手として、賞賛を浴びたが、よくよく考えるまでもなく、モスクワ(ソ連共産党)のスパイ=使徒であり、その使命は反戦=日本敗戦・革命・赤化=ソ連領化であった。野呂はその使命を果たさなかったが、尾崎秀実はスターリンの密使(スパイ)ゾルゲと共同で、日本軍を北進論から南進論へと転換するのに成功し、ソ連の英雄になるとともに、戦後日本の反戦平和の英雄になった。
3 『銃口』は戦前生活綴方教育に加わった教師が題材になっている。1935年札幌で結成された「北海道綴方教育連盟」の関係者が、1940年11月治安維持法違反容疑で検挙(55名)され、12名が起訴された。戦後ではあってはならない弾圧事件だ。同時に、検挙は当時の官憲にとっては不問に付されてはならない任務であったことも忘れてはならない。なぜか。
4 戦時中、生活(苦)をリアルに作文に綴る教育指導は、戦意高揚をはかる国家の教育方針に反した。同時に、日本国民のなかに、生活苦は戦争を遂行する日本政府・軍・産業・地主のせいだという厭戦・反戦・反政府感情を育て、社会不安を煽り、国内に分岐と対立を生みださせ、日本を敗戦に導く一里塚になり、ひいては国際的な反ファッショ統一戦線形成の口火になるという、国際的な共産主義運動の基本方針と一致するものでもあった。日本共産党中央は野呂を最後に消滅していたが、日本に社会主義革命を待望する個人やグループの大きな支えになった反戦運動の一環であった。綴方教育運動はそれに加わった人たちの意志とは無関係に、モスクワやスターリンの革命運動指導部に、かすかにではあっても繋がっていたのだ。
5 三浦の小説には、残念というべきか、当然というべきか、野呂たちの共産主義運動や善意の反戦運動が果たした役割や、個々の教員の善意(?)を超えた反ファッショ反戦運動やソ連の革命・戦争路線と繋がる問題をまったく視野の外に置いている。
 野呂は尾崎とともに、ソ連・スターリンの「密偵」でもあったのだ。戦後、そのソ連は、平和のチャンピオン面をした時期もあったが、つねに「革命は銃口」からという路線をとり続けてきた。ロシアになった現在も、その路線は半ば続いて、ときどき噴出する。
6 三浦は、『銃口』がスターリンの「革命は銃口から」の友人なのだということにまったく無警戒で、美しい魂の作家然としている。こういう反戦作家は、武器をなくせば戦争はなくなると信じている(信じる顔をしている?)、好戦主義者にとってはもっとも好ましい幼稚な人間とともに、いただけない。
7 長いものを書き終えた。その惰力消えず、体が机から離れない。困った。おーい、岩崎さん。小田原に行こうよ。