
「体力」はない。しかし、まだ、「脳力」は存分に残っている!!
若いときに読んだ本、読んでおきたかった本を取り出し、あるいは買い求め、心おきなく読み返す。これこそ、シニアにとって最大の「特権」である。
本書の「校正」で改めて読み通してみて、この本は「自伝」だな、と素直に思えた。
本が1冊もない家に生まれた。教科書と受験参考書以外、身のまわりに本の形をしたものがなかった。大学に入ってからは、「本」はいつでも・どこでもわたしの身近にあった。正確にいえば、わたしが本の周辺にたむろするようになった。もっとも、この時代には、たいして本を読んでいない。
ものを多少とも書きはじめてから、何がいちばん嬉しくかつ心安まったかといって、伊賀で独立の「書庫」をもったときに優るものはないだろう。勤務する三重短大の同僚の佐武さんの紹介で、若い宮大工の兄弟が「暇」と「好奇心」にまかせて造ってくれた。設計は、建築デザイナーの妹で、建坪3帖の1階が書庫、2階が仕事場である。素寒貧の時代だったが、費用は妻が工面してくれた。マジックと思えた。前途未知のわたしに対する途方もない投資だったにちがいない。
小さいが、他者の侵入を許さない理想的な「仕事場」であった。ここで5年、35~41歳の「自由」時間のほとんどすべてを使うことができた。わたしの「幸運」のはじまりだった、といまにして思える。
本を読むのが仕事である。本を読んで、本を書いてきた。本の本もあるし、書評集もある。多少の数ではない。「本から本が生まれる」を地でやってきたのではないだろうか。この本も「本」でできている。「人間」も、「仕事」も、ひいては「社会」も、「本」でできあがる、というのがわたしの認識知であり、経験則だ。
カント(本)に出会わされ、マルクス(本)に熱を入れ、ヘーゲル(本)で最初の本を書き、谷沢永一(本)に出会って躓き、……、というように、あの本もこの本もわたしの書庫に入り、わたしのもの(所有)、ひいてはわたし自身になっていった。ほんの一部分は消化できたと思えるが、中毒になったり、本当の毒に当たったり、捕囚になったりして、70歳を優に過ぎた。
現在も細々とではあるが、本を読み、本を書く生活を続けている。ほとんど仕事場で読む。本書は自分の読書生活をベースにしている。「自伝」になること否めない。ひとりよがりは避けたつもりだが、本書の行き方を一般化はできないだろう。シニア(新人)がシニア(玄人)になるための読書論の一つである、と受けとってもらえれば、これにまさることはない。
ただし、だ。「回春」は無理無駄な試みだ、と思われている方。「青春の再読」からはじめてはいかがだろうか。これは特に難しくはないだろう。本のほこりを払うだけでいい。ときに「貧しい」自分に出会うかもしれない。かつて輝いていた「本」が貧弱に思えるケースもあるだろう。いずれの場合も、古い写真を見るのとは違った意味で、別種の読み方をしている自分に、心踊りを催すのではないだろうか。事実、本書を書いて、わたし自身は思ってもみなかった「自分」を再発見したのである。(「あとがき」から)