読書日々 982

◆200417 読書日々 982 「茫々たる」吉本隆明
 暖かくなった。陽射しも強くなった。ときどき戸外に出て深呼吸する。空を見上げただけで、ほっとする。気分が更新される。とはいえ、この時期、体調はすこぶるよろしくないのがいつものことだ。今年はコロナウィルスの襲来がある。もともとの運動不足に拍車がかかった。酒とTVの日々である。ま、例年よりちょっと過重になっただけか。
 1 井上ひさし(1934~2010)出演「ボローニア日記」(BS3 4.10)を見た。再放送で、初回は2004年だ。井上には『ボローニャ紀行』(文藝春秋 2008)があった。初回は見ていなかったので、とても興味深かった。一つは、同じ頃、わたしも巡礼の旅で、ボローニアを訪れていたからだ。
 作品中にもあったが、ボローニアは(フィレンツェとともに)ローマとミラノを結ぶ動脈の「中継」地で、かつて文化的にも経済的にも重要地点だ。ボローニアはヨーロッパ最古の大学の街、フィレンツェはメディチ家の拠点で、フィッツ美術館がある。
 2004年当時、ボローニアの人口は35万くらいで(面積は140km2で小さい)、井上はとても美しいと語っているが、わたしには暗くてゴミのある町に映った。ミラノやフィレンツェには比すべくもなかった。当時も今も、学生の街で、往時は世界各地から学生が集まってきて、講義がある時には10万を数えるほどのマンモス校になる。(『薔薇の名前』等で日本でも著名な学者・作家、言語・哲学のウンベルト・エーコが教授をしていた。)
 もっとも、京都と同じように、コンクリートのビルディングがほとんどなく、しかもくすんだ赤瓦の屋根をもつ古い町並みが続いている。井上の作品でいつも気になるのは、「自由と独立」と「共同と反権力」の視点をひっそりと、この作品ではかなり露骨に、挿入して語ることだ。この放送でもそうで、「赤い回廊」の中心で共産党の強かった特徴を明示せずに、自由と独立の気風にあふれた街や大学、無職者組合や身障者施設の活動を際立たせていることだ。ま、イタリア的といえばその通りで、ボローニアはその中核であるといえばまちがいないが。
 それでもその作品には、賛否を問わず、お世話になった。長篇『吉里吉里人』や『四千万歩の男』、戯曲『吾輩は漱石である』『頭痛肩こり樋口一葉』『泣き虫なまいき石川啄木』、エッセイ『私家版日本語文法』等々、あげたら切りがない。膨大な(?)著述を残したその井上(1934~2010)に、全集はおろか、著作集さえない。残念だが、死後10年だ、どうしてなのだろう。
 2 「まんじり」(? a wink of sleep)ともせず、自室にこもりっきりで、仕事(?)が進んで止まらない。
 退職していちばん返事に困るのは、「いつも何しているの?」という問いだ。つい「仕事」といってしまう。当然のように、怪訝な顔をされる。「退職=空き時間」なのに、というわけだ。これは退職前も同じであった。
 夏・冬それに春と長期休暇がある。一週二日の講義日だ。相撲取より、興業日が少ないのだ。時間を持て余すと思われるに違いない。でも、講義のない日は、パッと目が覚める。休日ばかりの大学教授は、気楽な稼業というものだが、休日こそ、誰に気兼ねもなく、フルタイムで仕事ができるという意味だ。「朝は朝星、夜は夜星、昼は梅干しいただいて」である。
 それでというわけではないが、『哲学を知るとなにが変わるか』という総題ものとに、1「哲学を読む」(講談社) 2「欲望のエチカ」(講談社) 3「反哲学への誘い」(彩流社)の三部作(デジタル版第2版)ができあがった。810枚という長尺である。自分でもうんざりするが、読む人はさらにそうだろう。でも、これが退職後の仕事の一つ、『日本人の哲学』(全5巻・全10部)を仕上げた後の、「余事」に違いないと思っている。もちろん、わたしにとっては本筋の仕事の延長だ。
 3 つぎの仕上げは『最後の吉本隆明』だ。これは「校正」程度のことでは済まないだろう。そうそう、わたしは吉本主義者だが、その最初の評論は、〔上田三郎〕「幻想論の理論的支柱――吉本隆明批判」(『唯物論』、第一集、1969・10・20)であった。母校の「唯物論研究会」の機関誌に載ったもので、表題どおり、吉本批判であった。ああ、それから50年余である。こういうとき「茫々たる」(boundless)と書いてもいいのかな?